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成功企業から見るブランディング手法~ジュエリー業界のDarry Ringを例に~

ジュエリー業界におけるブランディングの重要性

近年、ジュエリー市場は、中国、インドをはじめとする新興国家の需要増加により、年間8%以上の勢いで市場規模が成長しています。但し、ジュエリー市場に限らず、高級品市場では、歴史が長い企業ほどブランド価値が高いと認識される傾向にあり、新規参入する企業にとって既存ブランドと差別化したブランディング施策を実施して競争優位を築くことが求められています。

本稿では、中国国内で後発でありながら、成功した“DR(Darry Ring”というジュエリーブランドの発展経緯とブランディング手法を通して、読者の皆さんにブランディングのTipsを提供できればと思います。

 

DRブランドの成功

DRダイヤモンドは、迪阿股份有限公司の傘下にある結婚・婚約指輪の販売ブランドとして2010年に中国深センで発祥し、後述する「一生唯一真愛(生涯に一つだけの愛)」をブランドコンセプトにして成長してきました。ブランドコンセプトを中心にマーケティング施策を実施したことで、短期間での事業規模/店舗数の急成長、競合他者を上回る粗利率を実現し、2022年時点で中国を中心に全世界で500店舗以上を展開しています。

  1.  短期間での事業規模及び店舗数の急成長
    •  2010年の初号店からフランチャイズ制度ではなく、直営で500店舗以上の展開に成功しています。また、2018年時点の15億元の売上から21年度の46億元を見ますと、直近でも年平均30%以上の成長を実現しています。
  2. 競合他者を上回る粗利率
    •  新興ブランドが長い歴史的背景を持つブランドに勝てないとされる中で、“DR“は、2020年の財務諸表によると、粗利率が70%超えという結果になりました。グローバル大手Tiffany & Coが60%弱、中国ローカルブランド大手の周大夫が30%強という同年の競合他社の数値からも”DR”の成功が読み取れます。

続いて、DRを成功に導いたブランディングの手法を見ていきましょう。

 

DRのブランディング手法

“DR”がブランディング、マーケティングで実施した特徴的な施策として、①ブランドコンセプト、②潜在層へのWebマーケティング、③顧客参加型の購入体験の3つが挙げられます。それぞれの概要及びその効果について詳説していきたいと思います。

①ブランド戦略立案:「一生唯一真愛(生涯に一つだけの愛)」というブランドコンセプト

【概要】

 “DR”は、ブランドコンセプトを「一生唯一真愛(生涯に一つだけの愛)」と置くことにより以下の2つのポイントを実現しています。

  ❶「モノ売り」→「コト売り」

      • ダイヤモンドやジュエリー業界の小売りでは、商品の品質や価格、或いは有名なデザイナーによるデザインなどモノ自体に価値を置く「モノ」消費の比重が高くなっています。このような現状に対して”DR”は、「モノ」消費と峻別するために、「モノ」消費の象徴であるダイヤモンドに言及せず、「コト」消費に焦点を絞ったブランドコンセプトにしたと言えるでしょう。「モノ」から「コト」消費に変化することで、消費者への提供価値も変化し、競合とも差別化にも繋がります。

  ❷ 購入検討の前段階にも訴求可能なブランドコンセプト

      • ブランドコンセプトを「一生唯一真愛(生涯に一つだけの愛)」にすることで、結婚を考える前のカップル等に対して訴求する土台を構築できたと言えるでしょう。例えば、競合他社が結婚や指輪購入の検討を開始した層にのみ訴求できるのに対して、”DR”は、「生涯に一つだけの愛」という考え方でより広い層に共感されやすいため、結婚を考える前のカップルにもブランドインプレッションを与えられます。

【効果】

 “DR”は、「一生唯一真愛(生涯に一つだけの愛)」というブランドコンセプトにすることにより、「コト」売りが一般化しつつある市場の競合他社との差別化を実現しました。更に、競合がターゲットとする結婚指輪の検討段階する層ではなく、結婚指輪を考え始める前の層にも共感が得られるブランドコンセプトを提供できます

 

②ブランディング施策1:結婚前の潜在層の狙ったWebマーケティング

【 概要】

“DR”は、結婚指輪の購入検討前の層(潜在層)にも響くブランドコンセプトをもとにインフルエンサーを起用した宣伝、エピソード/ストーリー交じりのSNS宣伝を実施しています。一般的に結婚指輪業界において、インフルエンサーを起用して顕在層に宣伝をすることは難しいとされています。その理由としては、高級品商材において、消費・購入意向が顕在化すればするほど、消費者の関与度合が高まり、インフルエンサーの影響を受けにくいからです。しかし、潜在層になると、商品への関与度も低いため、インフルエンサーの影響が受けやすい傾向にあります。そうして、影響を受けた消費者が商品購入段階になった際、”DR”もブランド選択の一つに挙がるでしょう。加えて、“DR”は、中国のSNSであるTikTokや小紅書を通して、日常カップルが遭遇する課題やトレンドのネタを通して、交えたプロモーションを実施しています。こうすることで、広告に対する抵抗感がある層にも受け入れられ、ネット上の拡散性を高めています。

【効果】 

 “DR“は、競合他社が主にターゲットとしている顕在層ではなく、潜在層を主要ターゲットとすることで、中長期で有効的な認知拡大ができました。また、消費者に対して、早期にブランドインプレッションを与えることにより、結婚指輪の選び方にも影響を与えることができ、自社ブランドを優位することもできます。

 

③ブランディング施策2:競合他社にない顧客参加型の購入体験の訴求

【概要】

“DR”は、店舗における顧客体験を重視しており、店舗を商品選びの場所ではなく、“真愛(真なる愛)”を誓い会う場所と定義づけています。この定義を具現化したものが①誓約書②身分証確認です。“DR”の店舗において成約された顧客は、身分証の確認を行った後、予め準備された誓約書にサインし、その後”DR”専用コードが発行されます。発行された専用コードは、身分証と紐づけられ、生涯2度と“DR”を購入できない仕組みになっています。また、その過程も動画として撮影され、体験の記録として顧客に提供しています。

こうした一連の体験を通して、”DR”の店舗では、商品選びの場から“真愛(真なる愛)”を誓う場所というイメージを消費者に植え付けています。

【効果】 

“DR”は、店舗を商品選びという場ではなく、体験を楽しむ場として、消費者に提供することで、比較検討する段階において、商品以外の付加価値を消費者に与えられることで、競合他者より優位に位置づけられます。

 

ブランディングのTips

“DR”を題材にしてブランディング・マーケティング施策を見てきましたが、これらの施策を他のケースでも生かせるよう、より俯瞰した視点から3つのTipsを提示できればと思います。長

①潜在層・顕在層ともに訴求可能なブランドコンセプト

一般的に、ブランドコンセプトを考える上で、売上に直結する顕在層に対していかに訴求可能かを考えます。しかし、顕在層にターゲットを絞ったブランドコンセプトは、競合他社との差別化が困難になる傾向があります。それを避けるためにも潜在層・顕在層に共通する、強いては潜在層を狙ったブランドコンセプトを考えるのもよいのではないでしょうか。方法の一つとして、顕在層から共感されやすいメッセージよりもより広い層に共感されるメッセージを打ち出すことが挙げられます。

 

②競合他社が狙わない潜在層に対するWebターゲティング

一般的に、ターゲットを絞り込み易いWebマーケティングでは、顕在層をターゲットとすることが一般的です。但し、そうしたことは、競合他者でも実施しており、結果的に高い広告費の競争になる傾向があります。一方で、潜在層をターゲットにすることは、ある種のマーケティングのブルーオーシャンともいえます。加えて、潜在層に訴求することで、ブランド/商品選択のクライテリオンにも影響を与え、自社ブランドの魅力を高めることができます。例えば、アパレル商品を販売する場合、アパレルに強いこだわりを持つ人(顕在層)をターゲットではなく、関連する時計や靴に強いこだわりを持つ人(潜在層)をWeb広告のターゲットにすることが考えられます。

 

③顧客参加型/プロセスの導入による非価格競争の実現

一般的に、企業は、価格競争に巻き込まれないように4Pの価格を除いた「場所・流通」、「製品・商品」、「宣伝・広告」で差別化を試みますが、商品がコモディティ化すると、価格競争に収斂される傾向があります。こうした状況下では、4P以外の一例である商品の製造から提供における「顧客参加」、顧客の購入「プロセス」の分析や付加価値の強化を実施することも重要になると思います。飲食店を例に考えていますと、食事を提供する場ではなく、食事をともに作る場として捉えることで、商品提供のプロセスや顧客参加の方法を直すことができます。

 

終わりに

本稿では、中国の宝石/宝飾品業界における“DR”を通してマーケティング/ブランディングのTipsを提供しました。読者の皆さんのマーケティング/ブランディングを考える際の役に立てば幸いです。

また、本ブログでは、特定企業の分析に限らず、業界全体(“縮小市場におけるM&A傾向 ~ジュエリー業界の今後~”)或いは中小企業の戦略立案方法(中小企業のためのランチェスター戦略~成功の秘訣と企業例~)について分析した記事も多くありますので、是非とも一読頂ければと思います。

最後に、弊社では、企業のコンサルティングやデジタルマーケティングサポートのソリューションも提供しておりますので、興味がある方は、下記にある問い合わせフォームよりお問い合わせください。

 

【参考】

 

佐藤健

アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/アナリスト。