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【よくわかるビジネスデューデリジェンス実務】 ビジネスデューデリジェンスの成果物たる財務モデル

財務モデルによるシミュレーション

 

本日は、買収を検討している対象会社とのシナジーポイントと、ビジネスデューデリジェンス(BDD)の結果を反映した財務モデルの作成方法の一例をご紹介したい。

BDDにおいての検証論点やその目的は、各記事でご紹介した通りであるが、それらを反映した財務モデルでのシミュレーションにより、本件の買収可否判断を検討することになる。「一緒になるとX年後にX億の利益創出が見込める」という見立てを、視覚化していく作業である。その前に、シナジー創出をどのような視点で掘り下げていくのか、それらをP/Lに反映させるためにはどのようにロジックを組み立てるべきか、考察していきたい。

前段では、それらのアプローチの方法を深、後段ではより実践的に、単体の財務モデルの作り込みに必要な要素を提示していきたい。

ディールが始まってから、BDDの論点に従って幾度かQAやマネジメントインタビューを重ねて対象会社の理解が深まってきた段階で、対象会社の単体の財務モデルを作成する。基本的には、中間報告の段階で対象会社が属する市場環境の分析結果、内部の部門別業績の分析結果を提示するが、買収後数ヵ年の投資戦略イメージを盛り込みながら、財務モデルを提示する。

前述の通りここで作成した財務モデルは、株式価値および買収金額のバリュエーションの前提となり、投資判断に直結することを留意いただきたい。

 

対象会社とのシナジーポイント

 

シナジーポイントを考慮するにあたっては、その取得目的や自社と対象会社の事業内容、パワーバランスなどが関わるので一概に定義することは難しい。そこで、主だったものを挙げていきたいと思う。

 

 

➀ 既存サービスのクロスセル

双方の顧客基盤の規模やセクターに共通性がみられ、提供するサービスに連続性がある場合は、このクロスセルが一番分かりやすいシナジーであろう。

要は、自社のサービスを対象会社の顧客に、対象会社のサービスを自社の顧客にという形。対象会社の買収は、そのプロセスの前に大凡の検討をつけているはずなので、インタビューや対象会社の顧客別売上を見て、そのフィージビリティを探っていくことになる。

これを定量的に表す際は、何らかの数式を定義する必要がある。どこまで突き詰めて計算するかによるものの、一番簡単なのは「単価(サービスの平均単価)×数量(クロスセル対象の企業数)」。

自社の営業部の協力を得て、アプローチできそうな顧客に見当をつけ、数ヵ年でどれくらい獲得できそうか、年次の拡大計画を作っておくとよい。それぞれのシナジー創出分の売上・粗利・営業利益が、それぞれのP/Lに計上されることになる。

必ずしも双方にクロスセルの恩恵があるとは限らないが、シナジーとしては、大きな部分であるといえる。

 

 

➁ 新規サービス開発

こちらは、新しいサービス創出のシナジーである。そもそもの買収事由が、双方で不足しているセクションを獲得することで、新たなサービスの展開を企図しているものであれば、初期段階でもある程度あたりをつけているはずである。

つまり、どういったサービス内容で、マネタイズポイントはどこでいくらなのか、想定ターゲットはどこか、数字に落とし込むステップを検討することになる。買収プロセスに入る前に、業務提携などで対象会社と関係値を築いている場合は、そのあたりの作り込みはたやすい。

そういった関係性がない場合でも、買収を機にある種一気通貫型のサービスを提供できるスキームを検討する場合もある。

例えば、BPRを得意とするコンサルティング会社と、B業務効率化に資するビジネスツールを提供するソフトウェア会社の場合、上流でBPRのスキームをつくるコンサルテーションを実施し、そのスキームをドライブするツールを提案するというパッケージが出来あがる。受託開発型にしろ基本仕様へのアドオン型にしろ、ソフトウェア会社は、意外と営業が弱かったり、適正価格での販売ができてなかったり、はたまた要件定義以前に、よりニーズにマッチさせるためのコンサルテーション機能が無かったりするケースも多いため、大凡メジャーな事例であるといえる。

このシナジーの定量的な算出方法も、基本は➀と共通するが、まずはシナジーを図りやすい既存サービスでのクロスセルを目指したアクションプランが優先されるケースが多いため、そちらの分析に注力することが肝要である。

 

➂ 人材の強化

サービス提供のためのキャパシティに関するシナジーである。

近年の労働人口減少に伴い、スキルフルな人材の確保や必要なセクションを継続採用するのが難しいケースが散見される。

対象会社にしてみれば、「限られた人数でオペレーションしなければならず、これ以上受託することができない」という頭打ちの状況が続いているため、その打開策を買い手に求めていることになる。

売り手が採用のノウハウや必須人材のプール、あるいは採用に効果的なブランド力を持っている場合、それは対象会社側に提案するメリットとなる可能性が高い。営業開拓余地があるにも関わらず、キャパシティの問題でそれらが達成できない場合、それらが解決したら金額にしてどのくらいインパクトがあるものか、試算することをお勧めする。

簡易的にやるのであれば、➀にあげたクロスセルによるP/Lインパクトに条件をつける形が一般的であろう。一人あたりの営業件数や売上高を基にして、「要員X名の場合、X件の営業が可能でうちX%を受注すると仮定してX億円の利益を見込む」というロジックを組み立てるだけでよい。現状より人員を増やす計画であれば、その分労務費などを費用計上しておくと、精度を高めることができる。

 

➃ コストシナジー

生産セクションや、スケールメリットによるコスト削減効果も併せて試算しておきたい。

こちらは、連結することで共通化される拠点や共通部署、租税などのコスト削減分や、買い手側がコストマネジメントに注力する場合、現時点で見積もる削減額を販管費から差し引く。

とはいえ、やや専門的な内容になるため、この時点ではあまり検討されないことも多い。

 

連結の財務モデルを作る上での注意点

 

 

P/Lに反映されるであろうシナジーの精査が進んだら、財務モデルを作る。

財務モデルは、大凡DDが始まる前(意向表明書を提示するタイミングより前)に双方の現時点でのプロジェクションを基にまずはP/Lだけでも作っておくとよい。

実際の交渉が始まるまでに、対象会社を連結する際のインパクトをあらかたつかんでおく必要があるためだ。この時点では、双方の決算月に注意して、単純な合算だけでもしておくだけでも参考になる。

DDが進むと、会計DDから対象会社の財務情報の精査がある程度終わっている段階なので、その精査済みの財務諸表を基に、最終的な財務モデルを構築することになる。その際、注意すべき点は以下の通り。

 

➀ のれん(B/S)とのれん償却(P/L

企業買収を検討する上で重要になってくるのが、のれんである。のれんは、買収時点で認識した超過収益力である。日本会計基準の場合は、年数を重ねるごとにその価値は劣化するため、20年以内で償却(減価償却と同様の考え方)していくことを基本としている。この償却期間は、ビジネスモデルのサイクルによって長さが変わるものの、買収金額に基づくP/Lインパクトがあるため、投資判断の重要なポイントである。

一方、国際会計基準の場合は、のれんの償却は実施せず、その価値が著しく下落した際に、減損処理を行うこととされている。そのため、のれんの価値を評価するような手続きを毎年実施する(=「減損テスト」)必要がある。

 

➁ 財務モデルのシナリオ設定

Excelを用いて財務諸表をつくる場合、方法の財務諸表(特にP/L)は、個別シートで単体の試算をするところから始める。というのも、DDの結果、事業のプロジェクションの先行きが不透明であったり、今後の景気動向によって左右されたりすることが明らかになっている場合、単体のシートでシナリオを分けて計算する必要があるためである。

自社の財務資料と、対象会社の財務資料を基に、事業部・サービス別に売上・利益を分解、Normal/Upside/Downsideなど、複数のシナリオを設定し、各計上項目にパラメータを設定していく。Normalの財務諸表(精査済みのフィージビリティの高いもの)を基準とし、Upside/Downsideには係数をかけたり、シナジー創出分の切り貼りをしたりして、3パターン見られる形にするとよい。

これら注意点をおさえた上でどう落とし込めばいいか、思案していく。

 

財務モデル作成に必要なもの

 

 

作成にあたっては、まず管理会計レベルの部門別P/Lが必要になる。対象会社の展開するサービス・事業別に損益をまとめたものである。これは、BDDが開始された時点で、真っ先に開示請求をしておくべき資料である。

部門別の収益性がわからないと、どのサービス・どの事業が堅調に推移しているかわからないし、その精査もできない。これはビジネスの見通しを測る上で非常に重要な観点であり、もっと言うと平常収益性の精査ができなければ、対象会社のそもそものポテンシャルが分からず、価格をつけることもできない。ましてやプロジェクションを引くことなどできない。

例えば、下記のような資料が出てきて、分析するとする。

 

 

直近期に向けて、利益率が向上、営業利益額は向上しているが、売上のトレンドとして、中間年の凹みが気になる。

これをグラフに落としてみると、このトレンドがよくわかる。

 

 

対象会社全体の売上高は、年々堅調に推移しているものの、2019年に事業部Aの売上高に凹みがみられる。売上総利益(粗利)に目をやると、売上同様に事業部Aにおいて凹みがみられる。また、売上高が年々増収となっている一方、粗利額は大きく変わっていないため、粗利率が悪化していることがみてとれると思う。

これらの検出事項は、➀過去トレンドから見る平常収益力の分析、➁プロジェクションの策定・事業別の収益存続性について検証する際の材料となる。

いずれも、バリュエーションに大きく響く部分であるため、マネージャーインタビューやQAを通して、その要因を精査するとともに、最終的な対象会社な財務モデルを策定する上で、定量化しなくてはならない。

 

平常収益力の精査と特殊要因のノーマライズ

 

質問としては、「2019年に事業部Aにおいて売上・粗利ともに減少している(減収減益)となっているが、どういった要因が考えられるだろうか」というところからぶつけてみたい。

企業によってその要因はまちまちであるだろうが、「間口拡大のため、新規に〇〇案件を獲得したが、今後の太客となるため、最初は人員・コストをかけて対応。結果収益性が低かった」とか、「そもそも2018年の売上は、平時ではない〇〇の要因による特需の影響が大きい」といった回答が得られるかもしれない。

前者の回答であれば、当該案件の収益性やそもそもの契約内容の深堀が必要であるし、後者の場合は、2018年の事業部Aの売上・粗利額から特需部分の金額を精査し、ノーマライズする必要がある。結果、2019年の凹みは、2018年のノーマライズにより解消し、それにより、3か年で売上は継続成長しているという結論に達する。

 

また、すべての事業部において粗利率が減少していることも精査する必要がある。売上高が上がる一方で、どんどん利益率が下がっているということなので、事業がスケールしていかない。コスト削減の余地があるか、著しく不利な取引関係はないか、オーナーによる利益圧縮なのか買収後に解消する部分がある場合(役員に紐づく費用、買収後スケールメリットによるコスト削減が見込まれるもの、買収後は支払わなくてよくなる費目など)は、それらを足し戻す必要がある。

 

 

こうした部門別のP/L精査は、BDDにおける基本的かつ核心的な部分であるため、はじめにこの分析をし、可視化した上で当該箇所を指し示しながら、インタビューすることが望ましい。

 

プロジェクションの考え方

 

直近期までの収益精査が終わったら、今度は進行期以降の推移を考えていかなければならない。会社によっては35ヵ年の予算を組んでいる場合もあるが、この精度については精査が必要。将来にわたっての収益トレンドの予測は、一般的なバリュエーション手法であるDCF法を用いた算出に影響が出るため、フィージビリティの高い推移予測が肝要である。

併せて、買収後の投資戦略についても考えてみたい。買収後の所謂100日プランの策定を鑑み、投資が必要なもの、各種一時的なコストの圧迫を鑑みて、それらを単体の財務モデルに反映する必要がある。

 

考え方としては、➀進行期以降予算のフィージビリティ、➁キャパシティ、➂クロスセルをはじめとしたシナジーの算出、➃どのような投資戦略(任意の年度までにいくら利益を積み上げるか)を立てるか。これらのロジックを盛り込むことになる。

 

➀進行期以降予算のフィージビリティ

予算の精査については、まず顧客別にどれだけ積み上げが可能か分解していく必要がある。これらは、対象会社の直近期までの予実分析をすることで、その大まかな精度を測るとともに、「どれだけ継続案件の積み上げができるか」を精査する上での顧客別受注資料を基にした売上増減分析(これは前述の部門別損益分析にも有効)から読み解いていく。

 

 

 

これらのパラメータを基に、予算のX%は確度が高いとして積み上げることができる(併せて顧客別・案件別分析は、そのボリュームゾーンが大きいところを優先して精査することが必要)。

 

➁キャパシティ

現状の人員数で最大どれだけ稼ぐことができるかという観点の分析である。一人あたりの売上高、もしくは受注金額・PJ日数による工数管理で人工あたりの売上高・収益をパラメータとして持つ必要がある

 

➂シナジー

前回までに論述した部分である。M&A最大のシナジーであるクロスセルは、当然最もP/Lインパクトが大きい。そのため、双方の顧客を洗い出しどれだけアプローチできるか、受注率はどれくらいか、それぞれの平均単価と併せてパラメータ化が必要である。

 

➃投資戦略

基本的に増収増益を目指しフィージビリティの高いプロジェクションをつくるが、どのような成長戦略を描くかは、クライアントのさじ加減によるところもあるし、対象会社に何が必要かによって大きく異なる。

人員増強をしなければ売上拡大が見込めないのであれば、「X年でX人増やす」という投資戦略を描き、それに係る採用費、労務費、各種関連コストの増加ロジックと、➁に述べたキャパシティに従って、売上・収益の増加ロジックを組み立てる。(一種のシミュレーションを構築し、あとは鉛筆なめなめ数字を組み替えていくことになる)

基本はすべて、「一人採用すると各費目はどう動くか」、を設定することになるが、当然採用したばかりの人材では、すぐに収益を上げることは考えにくいため、初年度はコストストレスがかかるということになるかもしれない。採用した人材が何年で収益を生み出す自走人材になるか、マネージャーインタビューを通して、肌感覚でもパラメータとしてもっておきたいところである。

 

上記大きな4観点に基づいて、プロジェクションを引く。

何度も言うように、このプロジェクションを含めて、対象会社の株式価値のバリュエーションに関連づくため、インタビューやQAでそれぞれを分解していくのが肝要である。

日下部 峻

アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/シニアマネージャー