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物流の2024年問題とその対応策

「物流の2024年問題」とは

現在物流業界で大きく叫ばれている問題の一つとして「2024年問題」が挙げられます。物流に関連した業種では必ずと言っていいほど耳にする言葉なのではないかと思います。「2024年問題」とはつまり、20244月から施行される働き方改革に基づいた労働基準法改正によって生じるトラックドライバーに関する問題の全てを指します。具体的な法改正の内容は以下の通りです。

時間外労働の上限規制 罰則
960時間の適用(36) 6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金

トラックドライバーの出勤日数を1か月に20日、労働時間を法定上限の週40時間×4週間、そこに残業時間(960/12)を足すと

160時間(法定労働時間)+ 80時間(残業時間)+ 20時間(休憩時間)=260時間

上記のようになり、トラックドライバーの月拘束時間をおよそ260時間以内に収める必要があるということになります。一般的な感覚からすると月260時間の労働時間といえば簡単に収められるように感じられるかもしれませんが、トラックドライバーの従事する運送業においてはそうとも言い切れません。(下図参照)

厚生労働省「自動車運転者の労働時間等に係る実態調査結果(概要)」

(https://www.mhlw.go.jp/content/11601000/000884374.pdf)

図の赤枠で示されているように、現状のトラックドライバーのおよそ3割以上が月に275時間以上の拘束時間となっており、規制目安である月間260時間以上働いていることになります。しかし20244月からは年間960時間以上を超える勤務は違法となるため、コンプライアンスがますます重視される昨今において、運送業者は現状全体の3割以上存在するであろう基準を超える自社トラックドライバーの勤務時間を基準以内に収める必要があります。

トラックドライバー11人の勤務時間は減らさなくてはいけないが物流を滞らせるわけにもいかず、人材流出を防ぐためトラックドライバーの賃金を下げるわけにもいかないという現状においてどのような手段を用いてこの問題の解決に取り組んでいくべきなのか、実例を参考に考えてみます。

 

2024年問題への対応事例

再配達の回避による生産性向上

まだまだアナログで管理されることも少なくない物流業界において、デジタル化を基軸とした物流効率の向上により問題に対処しようという動きがみられます。その中でも今回は「AIを活用した再配達回避による生産性向上」に着目します。再配達とは、不在によって宅配荷物を受け取れなかった場合に、依頼主の希望時間帯に再度配達をする制度のことです。うまく予定が合わず利用されたことのある方も多いのではないでしょうか。実はこの再配達は物流業界において、現在大きな懸念点となっています。具体的な数値で見ると以下の通りです。

・再配達につながる不在配送は全宅配件数のおよそ2割、2,000億円のコストに相当する

・年間の配送に要する全走行距離の25%が不在配送に費やされている

・毎年およそ1.8億時間が不在配送に費やされており、これは年間およそ9万人の労働力に等しくなる

数値で見てもわかるように、現在の物流業界において再配達業務は時間的にも費用的にもコストが多くかかってしまっていることがわかります。そのためこの再配達業務にかかるコストを削減することは、全体的なトラックドライバーの拘束時間短縮にもつながると考えられます。

そのような再配達業務の削減に寄与しようとする取り組みの例として、JDGC(日本データサイエンス研究所)と佐川急便が共同で取り組んでいる「不在配送ゼロ化AIプロジェクト」をご紹介します。

時間指定配送などの仕組みがあるにもかかわらず依然として減らない再配達業務を、「スマートメーター(通信機能を保有している電力計)から取得される消費電力データを用い、将来の在不在を予測するAIが最適な配送ルートを案内」することで解消するという画期的な取り組みです。

具体的な仕組みとしては各戸に設置されたスマートメーターから取得される電力データをAIが学習し、配送時刻における在宅予測に基づいて、在宅先から優先的に配送するルートを自動生成するといったもので、不在の可能性が高い配送先は避けて配送することによる再配達業務の発生防止を図っています。

現在開発段階ではあるものの、このシステムを活用し、201896日〜1027日、東京大学構内にて実施された実証実験では、人工知能が不在先を回避するルートを配送者に示したことにより、配送成功率は98%に上り、人の判断で配送した結果と比較すると、現状発生している不在配送の9割以上が削減されることが実証されました。

また不在配送削減に伴い再配達業務も同時に削減されるため、配達完了までにかかる移動距離も5%短縮されることがわかりました。加えて、プライバシーの観点において、これまで特定されていた「不在である」というプライバシー情報が配送者に伝わることがなくなり、より個人情報保護が強化されるという副次的な影響も示されました。

 

JDSC HP「不在配送ゼロ化AIプロジェクト」より

https://jdsc.ai/service/zero-redelivery/

当プロジェクトは現在、2022年内の実用化に向け実証実験を繰り返している段階ですが、AIを活用することで再配達業務の削減、ひいてはトラックドライバーの長時間におよぶ労働時間の削減にもつながると考えられます。

  

M&Aによる2024年問題対策

次にM&Aを通じた問題の対策例を見てみます。2024年問題に向けた対策としてM&Aも有効な手法であり、近年の物流業界においてその動きは活発化しています。

2024年問題」対策として、物流業界のM&Aニーズ増加:物流関連の譲渡案件数が昨年同月比1.8倍(事業承継M&Aプラットフォーム「ビズリーチ・サクシード」調べ)より

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000273.000034075.html

日本M&Aセンターによると、「譲渡企業側は、現時点で業績が良好でも、ドライバー不足および労務管理と、収益確保を両立させることへの不安から、会社の売却を検討するケースが多くみられ、譲受企業側では新拠点獲得を目的に、他の運送・物流会社の買収が検討されている」というのが傾向として考えられています。そのようなM&A2024年問題を解決する上でのメリットとしては以下の各点などが挙げられます。

〈売り手側〉

・自社ドライバーの雇用と収入を守りながら事業を継続できる

〈買い手側〉

・効率的な拠点網の拡大を図ることができる

・売り手企業のドライバーや保有車両を有効活用することで、人材確保や設備投資にかかるコストを節約できる

 つまり売り手にとってはドライバーを放出することなく、彼らに安定した収入で働く環境を提供することができ、買い手にとっては不足する経験の豊富な人材や車両を確保することができるため、一人当たりの労働時間短縮による労働環境の整備と安定した収入の担保を同時に行うことができると考えられます。

トラックドライバーの労働環境の整備と、安定した収益性の確保の両方を実現したM&A事例として富士運輸株式会社(以下富士運輸)のM&A事例をご紹介します。富士運輸はM&Aによって「従業員の労働条件の向上を最優先にしながら、事業を拡大することで、業務効率化やコスト削減を実現し、高収益化」を図っており、今回の事例も例外ではありませんでした。

〈売り手企業〉北陸トランスポート株式会社、有限会社日向商運

〈買い手企業〉富士運輸株式会社

M&A背景〉両社後継者不在を理由とした株式譲渡によるM&A

この事例において、売り手企業である両社にとっては後継者の不在によって不安要素となっていた社員の今後が約束され、買い手企業である富士運輸にとっては、拠点網、経験のある人材、保有車両台数の拡大が実現しました。

富士運輸では、この2件を含めた計8/1年間(20207月~20216月)のM&Aの結果、20216月の決算では売上が過去最高の405億円になりました。富士運輸社長の松岡様によるとM&Aのメリットとしては「拠点数の増加により、全国で事業を拡大できること」が挙げられており、M&Aによる事業拡大の経験を積んできたことがわかります。富士運輸は「事業を拡大することで、業務効率化やコスト削減を実現」しているため、このM&Aによる事業拡大が引いてはトラックドライバーの労働環境の改善にもつながっていると考えられます。

 

今後の展望

今回は、物流業における2024年問題を解決する方法としてAIを用いたいわゆる物流DXによる労働時間の削減というアプローチとM&Aを通じた企業体力増強による問題の対策をご紹介しました。

しかし、まずこのような新しいテクノロジーを用いた解決策には問題もあります。例えば、若者と中年、高齢者などの年代別に存在するデジタルデバイドや、普及しきっていない技術やデバイスの価格がまだ高いことなどが挙げられます。

いかに画期的なテクノロジーであったとしても使用者がうまく使えなければ生産性向上にはつながらず、いかに革新的なデバイスであったとしても導入費用やランニングコストが高ければ費用対効果を見込むこともできなくなってしまいます。それら問題にも対処しつつ、今まさに差し迫って変化の時が来ている物流業界にDXが広く浸透していくことで現在叫ばれているような問題は解消されていくのではないかと考えられます。

またM&Aについても、売り手買い手双方の企業にとって非常に大きな決断であり、容易に実現できることではないため、現在増加し今後もさらに増加するであろう物流業界でのM&Aの成果を追っていくことで2024年問題の対策として本当に響いているのかどうかも明らかにしていく必要があると考えられます。

 

参考文献

JDSC 不在配送ゼロ化AIプロジェクト

NECソリューションイノベータ 物流の2024年問題とは? 働き方改革関連法のポイントを解説

LOGISTICS LAB 物流の2024年問題とは?働き方関連改革法が与える影響と対策を解説

国土交通省 最近の物流政策について

厚生労働省 自動車運転者の労働時間等に係る実態調査結果(概要)

日本M&Aセンター 物流業界の2024年問題とは?働き方改革関連法の影響、対策を解説

ビズリーチ・サクシード 「2024年問題」対策として、物流業界のM&Aニーズ増加:物流関連の譲渡案件数が昨年同月比1.8倍

M&Aサクシード 物流の2024年問題とは 労働時間の上限規制やその影響、対応策

M&Aサクシード 長距離輸送の富士運輸が、2週間で運送会社2社をM&A~コロナ禍に、物流会社が積極投資・拠点拡大により、過去最高売上高・最高益を実現~

 

日比野 涼雅

アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/アナリスト