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注目を集める半導体後工程の市場予測

はじめに-業界を俯瞰し将来を考える-

半導体不足が叫ばれるようになり1年ほど経った今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。欲しかったゲーム機が買えず、パソコンが買えず、折角ローンを組んだ自動車は一向に納車されない。多様な現象に紐づき半導体の不足が語られますが、この文脈における「半導体」とは主に「半導体集積回路 (IC) 」のことを指します。では、ICとはそもそも何なのか。本稿では、複雑なICのバリューチェーンと、関連するプレイヤーを整理するとともに、業界の将来像に注目して解説を行います。半導体業界と業務的に関わりのある方、漠然と半導体自体に興味がある方の一助となれば幸いです。

 

半導体集積回路(IC)を構成する主要なパーツ

前述のICは主に二種類のパーツで構成されています。① 半導体の回路の部分、② 銅箔やガラス繊維から作られるパッケージ基板(PKG)の部分です。

 

① 半導体

シリコンを主要素材とし、一定割合で不純物を入れ、電気の流れ具合を調整したものです。これを原料とし作られたトランジスタ、コンデンサ、ダイオードなど多数の半導体素子を繋ぎ、全体として複雑な処理を行わせるものを半導体集積回路(IC)と呼びます。一番下にトランジスタ層を形成し、その上に複数の配線回路層を重ねてICは作られます。「ムーアの法則」という言葉を聞いたことがあるかもしれませんが、「ムーアの法則」とはIntel共同創業者のマイケル・ムーア氏が1965年に提唱した、ICの集積度(回路当たりの半導体素子の数)が1年半~2年で2倍に増える、という予測です。IC Insightの資料によると、2019年時点で集積度は1011乗まで増えていることが分かります。1970年代には10µmほどあった半導体素子の大きさは、現在5nmまで微細化が進んでいます。半導体素子の集積度が上昇するに従い、より複雑な計算を行えるようになりました。

半導体素子の集積度の年次変化

https://www.icinsights.com/news/bulletins/Transistor-Count-Trends-Continue-To-Track-With-Moores-Law/

 

② パッケージ基板(PKG)

①のICを衝撃から保護するとともに、パソコンなどの製品と電気的に接続するためにパーツです。IC単体だと回路が細かすぎるために、パソコンなどと接続させられません。電化製品を分解した時に見られる、基板上の黒い箱は、IC部分とパッケージ基板部分を組み合わせ、樹脂で保護したものです。

半導体の回路を製造する工程は「前工程」です。PKGの製造から、PKGを半導体回路と組み合わせるまでの工程を「後工程」と呼びます。どのようなプレイヤーが関わっているのか整理してみましょう。

 

関連するプレイヤーの整理

前工程

半導体業界は極めて分業化が進んだ業界です。前工程においては、回路の設計を行うプレイヤー(AMDAppleなど)と、実際に量産するファウンドリプレイヤー(TSMCSamsungなど)が存在します。Intelのように設計と量産の両方を行うプレイヤー(IDM)もいますが、売上のシェアでみると、ファブレスによるIC製造が主流です。

ファブレス形式で製造されたICと、IDMにより製造されたICの売上規模推移

https://www.icinsights.com/news/bulletins/Foundry-Market-Tracking-Toward-Recordtying-23-Growth-In-2021/

 

Google2016年以降、機械学習に特化したデータセンター向けICを投入しており、Amazon2018年以降、AWSに独自設計のICを使用しています。IC製造に関し新規参入組であるGoogleAmazonの両方がファブレス形式を採用していることから、ファブレス形式は、多様なプレイヤーが半導体業界に参入するきっかけになっていると言えます。ファブレス形式の利点は主に2つあり、1つ目は「量産に必要な初期投資を抑えられる」こと、2つ目は「回路設計技術と回路量産技術の開発を分業出来る」ことです。

1つ目の初期投資を抑えられる点に関しては想像に難くないと思います。ICを実際に量産し始めるには、塵ひとつ混入しないようなクリーンルームの工場を建設し、上図に示した製造装置をそれぞれ複数台揃え、工場内で働く人を雇うなど、多くの初期投資が必要です。IC製造事業をこれから始めようとするプレイヤーにとって大きな負担となります。2つ目の技術開発の分業については、IC製造における歩留まり率が関係します。IDMであるIntelが7nmプロセスのGPUを量産する際の歩留まり率は40~45%とされているのに対し、ファウンドリプレイヤーSamsungは62~67%、TSMCは73~79%の歩留まり率で製造することが可能です。ファブレス形式の場合、プレイヤーは回路設計技術か量産技術のどちらかに集中して開発を行うため、結果的に両方の技術開発速度が上昇。より先進的な技術が、優れた歩留まり率を実現したと考えられます。このように2つの利点を有す点から、ファブレス形式で製造されたICのシェアは、今後継続的な拡大が予想されます。

 

後工程

後工程のほうはPKGを製造するプレイヤー(イビデン新光電気など)、PKGと半導体の回路を組み合わせて検査を行うOSATプレイヤー(ASEAmkor Groupなど)に分けられます。前工程と後工程には、それぞれ製造装置を供給するプレイヤーがいます。

 

重要性を増す後工程領域

ムーアの法則の限界

ICを製造する工程を「前工程」と呼び、パッケージ基板と接続する工程以降を「後工程」と呼びます。近年、この後工程領域が注目を集めています。背景にあるのは、ムーアの法則の限界です。

ムーアの法則では、集積度は1年半~2年で2倍に増加するはずでした。しかし法則が発表された1965年から50年以上経過し、微細化に限界が近づいていると言われています。現在、最新のICの回路線幅は約5nmです。前述の通り、半導体はシリコンと不純物を一定割合で混合したものです。1cm3当たり原子は1024個含まれると仮定すると、5nmの立方体には原子が125000個入ります。不純物濃度をシリコン原子10万個当たり1個とすると、つまり半導体素子内に不純物原子が1個あるか、全く含まれない、ということになります。正確には半導体素子は立方体の形をしておらず、平面寸法で5nm×20nm5nm×30nm程度あるため、13個の不純物原子が平均して含まれる計算です。しかしながら、これはあくまで平均値ですから、100億個もの半導体素子を載せたICの場合、不純物原子を全く含まない半導体素子が出来てしまう可能性も十分考えられます。原子1個レベルでバラツキを調整し、更なる微細化と集積度向上を進める研究も行われていますが、これまでのように1年半~2年という短期間で集積度を2倍にするのは難しいと言えるでしょう。

 

3Dパッケージング技術

回路の微細化によるICの高機能化が難しくなったことで、Intelをはじめとしたメーカー各社は3Dパッケージング技術に注目し製品を開発しています。3Dパッケージング技術とは、同じPKGに複数のICを搭載する技術です。

2018年12月にIntelが発表し、2020年に製品販売されたCPU: Lakefield

https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/articles/2006/11/news100.html

 

2018年12月にIntelが発表し、2020年に製品販売されたCPU「Lakefield」を見ると1つのPKG上に複数のICが載せられ、かつ電気的に接続されている事が分かります。Intelは図のように複数のICを3Dにパッケージングする技術をFoverosと呼んでおり、2021年には第二世代のFoverosが発表されました。

2021年に発表された第二世代のFoveros Omni。これを用いた製品は現状販売されていない

https://ascii.jp/elem/000/004/065/4065385/

 

2021年に発表された第二世代のFoveros Omniでは配線層(はんだボールが付いた面)同士を接続しています。電気の流れる配線長が第一世代のFoverosと比べ短いため、電流の流れる時間によるロスが減少します。

 

関連メーカーの動き

ムーアの法則が成立し、半導体素子の微細化が滞りなく進んでいた2010年頃までは、製品の高度化が主に前工程領域で進められていました。前工程のプレイヤーが回路の微細化と高機能化を推し進め、後工程プレイヤーは回路に合わせたパッケージ基板を生産する、という具合です。しかしムーアの法則の限界が近づき、ICの高度化がパッケージング技術の高度化に依存するようになったため、現在は後工程プレイヤーの重要性が高まりつつあります。後工程プレイヤーの事業環境は、今後どのように変化するのでしょうか。後工程領域の将来像を考える際、注目すべき事例としてTSMC20213月に設立に設立した「TSMCジャパン3DIC研究開発センター」を紹介します。

TSMCジャパン3DIC研究開発センターは、半導体製造のファウンドリプレイヤーである台湾のTSMCが、茨城県つくば市に設立した研究施設です。日本の材料メーカー、半導体製造装置メーカーと連携し、後工程技術を開発する目的で設立されました。パートナー材料メーカーにはイビデン・昭和電工マテリアルズ信越化学工業が、半導体製造装置メーカーには芝浦メカトロニクスディスコ日立ハイテクなど日本を代表するメーカーが名を連ねます。

TSMCジャパン3DIC研究開発センターでの重点的な研究項目は、以下の3であるとと発表されています。

  1. 完全なデータメーションシステムと全レベルでの完全な仕掛ウェハトレーサビリティに基づく製造装置と自動化仕掛ウェハのハンドリング
  2. プロセスと計測装置、および仕掛ウェハ自動ハンドリングシステムの相互通信を実現するAIoT(人工知能+IoT)とマシンラーニング
  3. 計測とセンサの統合によるすべての生産ステップのきめ細かな計測、モニタリング、監視

「自動化」という言葉が多く出てくる点から、後工程領域のスマート工場化を進める狙いがあると考えられます。製造装置にセンサーを取り付け、製造各工程を監視。リアルタイムに取得した情報を統合し、AIがライン稼働状況を管理。不良品を生むファクターの特定と対処を自動的に行う。より精密で高度なパッケージングを行うために、工程横断的に自動化が進んだスマート工場が、今後求められていくのです。

 

業界将来像

前工程製造装置プレイヤーの市場シェア

https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/articles/2007/27/news027.html

 

後工程製造装置プレイヤーの市場シェア

https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/articles/2112/14/news034.html

 

後工程領域に見られる特徴として、工程横断的な製造装置プレイヤーが少ない事が挙げられます。前工程のプレイヤーのシェアを見ると、アプライドマテリアルズ東京エレクトロンのように、複数種類の製造装置において高いシェアを獲得しているプレイヤーが存在しますが、後工程領域ではそのようなプレイヤーはいません。このような違いが生まれた背景の1つは、「前工程では各工程を繰り返す場合が多い」ことです。前述の通り、ICはトランジスタ層の上に複数の配線回路層を重ねて製造します。この過程では、薄膜形成・レジスト塗布・パターン形成・エッチングなど工程の繰り返しが必要です。そのため隣接する工程間のすり合わせが重要とされ、工程横断的なプレイヤーの製造装置が求められたと考えられます。

半導体製造装置の世界販売額(Assembly & packaging EquipmentとTest Equipmentが後工程製造装置に含まれる)

https://www.semi.org/en/news-media-press/semi-press-releases/semiconductor-equipment-forecast-post-industry-high-%24100-billion-2022-semi-reports

 

2つ目の背景には「後工程製造装置の市場が、前工程製造装置の市場と比べて小さい」ことが挙げられます。従来ICの高度化は、主に前工程領域で進められてきました。対して後工程領域は重要性が低いと考えられており、従って後工程製造装置市場も、前工程のそれと比べ大きくは成長しませんでした。後工程領域で規模の大きなプレイヤーが生まれにくかった原因と考えられます。

しかし今、パッケージング技術の重要性が高まったことで、事業環境は大きく変化しています。精密性を高めるため、後工程のスマート工場化の需要が大きくなり、隣接する工程間のすり合わせは、今まで以上に重要視されています。後工程製造装置の市場も拡大が予測されています。事業環境の変化を受けて、業界はどのように変化するのでしょうか。実現可能性が高いのは以下の二つと考えられます。

  1. TSMCジャパン3DIC研究開発センターのように、複数企業が連携して隣接する工程間のすり合わせを強化するケース
  2. 資本力を持つプレイヤーが、自社製品とのすり合わせを強化し付加価値を与えるために、後工程製造装置プレイヤーとのM&Aを行うケース

特にM&Aを進めるケースについては、現在の後工程製造装置プレイヤーが、同領域プレイヤーを買収する他、資本力の大きい前工程製造装置プレイヤーが後工程製造装置プレイヤーを買収するケースも考えられます。例えば、東京エレクトロンは6月の中期経営計画発表会見においてウエハーボンディング装置の見通しについて問われた際「量産に移行すれば大きな市場となる」と語り、事業拡大に意欲を示しています。前工程製造装置プレイヤーが中心となり、前工程-後工程業界の融合と再編を進める可能性は、十分あると言えそうです。

 

終わりに-繰り返される歴史から将来を考える-

冒頭にて、近年の半導体不足について触れたことを覚えていますでしょうか。半導体市場は、半導体の不足に対応する増産と、供給過剰による減産を繰り返してきた歴史があります。

https://www.icinsights.com/news/bulletins/Wafer-Capacity-Forecast-To-Climb-87-As-10-New-Fabs-Enter-Production/

 

2000年のITバブル期には、IT産業への大きな期待によりICが増産されましたが、ITバブルが弾けると同時に在庫過剰に陥り、大幅な減産を行いました。2008年はリーマンショックに続く経済危機に陥ったことで、ICを利用した最終製品の売れ行きが低迷。ICが在庫過剰となり減産しました。足元の2020年以降に目を向けてみると、国際的な半導体不足に対応するため、IntelやTSMCは大規模な設備投資を行い、新工場を稼働させ増産体制を整えています。では、再びICの生産能力が過剰となり、減産による調整が行われる可能性はあるのでしょうか。2020年以降の半導体不足は、IoT化の進行により従来ICが用いられてこなかった産業で、ICの需要が急速に高まったこと、COVID-19に伴うロックダウンでサプライチェーンが分断されたこと、の両方が原因とされています。IoT化の進行は、ITバブルのような一過性の需要ではありません。これが原因で減産が行われる可能性は低いと言えます。しかしサプライチェーンの混乱は一時的なものであるため、混乱が収まると同時に、在庫の過剰が起きる可能性は大きいです。

IDMやファウンドリプレイヤー、OSATプレイヤーの設備投資は、すなわち製造装置メーカーにとっての売上です。2020年以降、関連プレイヤーへの注文は急増していることが予想できます。しかしIC在庫の過剰が起きれば、以降の設備投資額は縮小し、関連プレイヤーへの注文も減少に転じます。量的な需要が縮小した後は、半導体製造装置の高機能化による入れ替え需要が主となるはずです。IDMやファウンドリプレイヤー、OSATプレイヤーからの半導体製造装置高機能化ニーズに対応するため、特に後工程関連プレイヤーの再編が数年以内に進むと考えられます。半導体の不足と過剰は今後も繰り返されるでしょうが、関連するプレイヤーの構造は、そのたびに大きく変化していくはずです。

本稿が、半導体業界の将来像を考える一助となれば幸いです。

 

【参考】

福原 諒哉

アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/アシスタント