本記事はM&A(特にデューデリジェンス)において必要とされる分析的、コンサルタント的な視点を通して、経営企画における考え方・手法について述べていきたいと思います。今回は電子カルテ市場に着目します。本記事が電子カルテ市場に興味を持つ方々にとって参考になりますと幸いです。
電子カルテとは、旧来紙のカルテで管理していた医療情報を電子データとして管理・編集・記録するシステムのことです。カルテには3つの原則があり、電子カルテにおいてもこれらの3原則を守る必要があります。
電子カルテの保存に関する3つの原則
これらは厚生労働省の発表しているガイドラインに記載があり、順守が求められます。
これら(特に真正性)を順守するため、初期の電子カルテは外部からの改ざんが難しいオンプレミス(システムの稼働やインフラの構築に必要となるサーバーやネットワーク機器、あるいはソフトウェアなどを自社で保有し運用するシステムの利用形態)で運用されることが多く、病院内での利用に留まっていました。
しかし、地域連携パス、地域医療ネットワークや地域包括ケアシステムの拡大に伴い、病院内での利用に留まらず、病院外のシステムとも連携する必要が生まれてきました。これを受けて、クラウド型の電子カルテの普及が進んでいると考えられます。
異なるベンダーの電子カルテ間でのデータ連携を促進するために、データ交換規格(HL7FHIRなど)が設けられ、標準規格準拠の電子カルテ導入に支援を行うという議論も行われており、病院内外の連携、特に異なるベンダーの電子カルテ間の連携が大きな課題となっています。
では、市場規模を見てみましょう。
電子カルテ市場の国内市場規模は2018年と2019年で見るとほぼ横ばい、2032年予測を見ても全体では横ばいです。しかし、先述の理由や、低コスト化を背景として現在普及率が低い診療所で利用の伸びが予測されます。結果としてクラウド型電子カルテの市場は伸びる予測となっています。
世界での電子カルテ市場の市場規模を見ると2028年までCAGR+4.9%で伸びる予測となっています。
これは電子カルテデータをはじめとしたRWD(リアルワールドデータ:日常の実臨床の中で得られる医療データの総称)の活用が製薬業界などで一層進むことが見込まれ、データ取得基盤の一つである電子カルテの普及も進むと考えられるためでしょう。
電子カルテのソリューションを対象規模別(病院向け・診療所向け)、とクラウド型かオンプレミス型かの軸で分析してみると、診療所向けオンプレミス型はあまりプレイヤーが存在せず、現状でも診療所向けはクラウド型が主流と推察されます。
また、オンプレミス型は高度な医療機器との連携が可能であるなど大規模な病院などにおいてはメリットも十分にあります。オンプレミス型でも病院外部との連携も可能であることから、病院ごとの特性に合わせたすみわけや、オンプレミス・クラウドのハイブリット型として、オンプレミス型は存続すると考えられます。
国内の電子カルテシェアについてみてみると富士通株式会社(38%)、株式会社ソフトウェア・サービス(19%)、株式会社シーエスアイ(13%)となっています。(https://mplat.jp/media/detail/2より。20床以上の病院への調査結果をもとに作成)
富士通株式会社は、病院向けから診療所向けまたクラウド型も取り扱っているだけでなく、地域医療ネットワークシステム、介護事業者向けのソリューションも有し、国内において総合的にサービス展開しているといえるでしょう。
海外に目を向けると、アメリカでは、後述するCernerやEpic、Allscripts、GEヘルスケアなど、規模の大きいベンダーが多く存在しています。
日本では、医療ヘルスケア分野の人材不足や地域偏在の改善、医療機関の業務効率向上などを目指す各種のプラットフォーム事業を展開しているメドレーが、電子カルテシステム開発のパシフィックシステムを子会社化することを2020年12月に発表しています。
メドレーはオンライン診療システムやクラウド型電子カルテを提供しており、中小病院向けの電子カルテソリューションを有するパシフィックシステムを子会社化することで、販路の拡大や、既存事業の強化を狙ったものと考えられます。
海外ではアメリカのOracleが同じくアメリカのCernerの買収を2021年12月に発表しました。
これはCernerの所有する貴重な医療関係データを入手し、Oracleのクラウドプラットフォームにさらに多くの医療関係顧客を取り込むためといわれています。
CernerはEnvizaという健康情報データベースを所有しています。これは医療研究にも用いられる大規模な多次元データであり、これらのデータを所有することで、医療関係や製薬関係など多くの顧客をOracleに取り込む狙いがあると思われます。
国内の電子カルテ市場は、病院の規模に応じて必要な機能やコストに違いがあることからベンダーが対象を絞ってアプローチしていた状況でしたが、将来的な地域連携を踏まえて、病院の規模にとらわれず、地域と連携できるサービスが生き残っていくといえるでしょう。
また、アメリカで進んでいるデータ活用の流れは確実に日本にも訪れると言えるため、いち早く病院規模別ラインナップや地域連携機能をそろえたベンダーがデータ活用の面でも優位な体制を築くと考えられます。
国内の特に診療所において院内完結のオンプレミス型から、コスト及び連携面に優位性があるクラウド型電子カルテの普及が進むと思われます。ベンダーは標準規格に準拠することが必須になり、どこまで(介護施設や薬局などと)連携できるシステムかが今後は求められるでしょう。
今後は日本国内においてもデータ活用が推進され、電子カルテシステムの重要性が高まると考えられます。
【参考】
[世界の電子カルテ市場は2027年までCAGR 5.0%で成長する見込み]
[メドレー、中小病院向け電子カルテシステム開発のパシフィックシステムを子会社化]
アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/アナリスト