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巧者に学ぶM&Aの3原則

M&Aの難しさ

 既存事業の強化や新規事業への参入を検討する企業にとって、M&Aは有効な手段といえます。新規事業の立ち上げや、既存事業の経営改善を行うには多くの時間を要しますが、すでに事業を行っている他社を買収することによりそのフローをスキップすることが可能となります。そのことから、M&Aは時に「時間を買う」戦略とも呼ばれます。

 上手に活用すれば効果的な経営手法であるM&Aですが、株式会社総合M&A研究所によると、昨今における成功率は4~5割であるとされています。これは、M&A仲介会社が増加し、そのノウハウが多くの企業間で共有されている現時点での数字であり、かつては成功率が20%台といわれた時期もありました。日本を代表する企業である東芝や日本郵政も、M&Aが原因となった数千億円の減損損失を計上した事例が存在するように、M&Aを成功させるのは簡単ではなく、また失敗した際には巨額の損失につながる可能性が存在するという性質があると言えます。

 一方で、その難しいM&Aを活用するのが上手な企業も存在します。中でも、今まで60社以上の企業を対象にM&Aを実行したにもかかわらず、一度も減損損失を計上したことがない日本電産は、日本屈指のM&A巧者として知られています。本日は、企業の買収や売却を検討している経営者の方や、所属している会社でM&Aやその調査を担当することとなったビジネスパーソンを対象に、日本電産のM&Aにおける原則をご紹介できればと思います。

そもそも日本電産とは?

 そもそも、日本電産とはどのような企業なのでしょうか。

 1973年に精密小型モータの製造・販売を実施する企業として京都に誕生した日本電産は現在も取締役社長を務める創業者の永守重信氏の手腕もあって順調に成長を遂げ、1988年には大阪証券取引所(現在は存在しない)2部に、1998年には東京証券取引所1部に上場を果たし、日本を代表する企業としての地位を明確にします。2022年3月時点で、連結売上高は1.9兆円、グループ全体の従業員数は114,371名であり、時価総額は約6兆円超にのぼり、数字の上でも日本有数の大企業であることがうかがえます。

祖業はモータの製造・販売でしたが、現在はそれだけにとどまらずモータ応用製品と関連ソリューションを提供する「世界No.1モータメーカー」であり、IT・AV機器・自動車・家電・産業分野等、非常に多様な領域でその製品が活用されています。

日本電産のM&A実績

 日本電産は、モータメーカーとしての側面だけではなく、上記したようにM&A巧者として知られています。2022年6月時点で、通算68社の企業を対象にM&A実施しており、一度も減損損失を出した例はありません。さらに、そのうち40社程度が、海外企業を対象とした「クロスボーダーM&A」であり、一般的に言語・文化等の違いにより難しいとされるクロスボーダーM&Aを数多く実施しているにもかかわらず一度も減損損失を出していないというのは特筆に値します。

 上記した輝かしいM&A実績は、決して偶然ではありません。日本電産はM&Aを実施するにあたって、以下3つのルールを策定し遵守しています。

 

  • 適正な価格で買収すること
  • PMIを重視すること
  • 対象を、現在の事業と相乗効果の見込める企業に限定すること

 

それぞれについて解説していきます。

M&Aの原則①適正な価格による買収

 まず原則の1つ目は、「適正な価格で買収する」ということです。日本電産は、買収候補となる企業の価格を算定し、その結果を上回るような価格では決して買収しない、ということを徹底しています。これは、いわゆる「高値掴み」を避けるためとされています。他社のM&Aにおける「失敗」とされる事例では、適切な価格の見積もりができていないがために、「高値掴み」をした事例も存在します。

 実際、2014年に日本郵政が6,200億円を投じて、オーストラリアの物流企業「トール・ホールディングス」を買収した際には、非常にずさんな価格算定に基づく買収が行われたことが指摘されており、結果としてこの事例では約4,000億円の減損損失を計上しています。買収金額約6,200億円のうち、約5,000億円が商標権・のれんとして計上されていることから、適切な価格算定に基づかない「高値掴み」だとの指摘が存在しており、こういった事態を避けるため、日本電産は「適切な算定」を行い、その結果を上回る金額での買収を決して行わないことを徹底していると考えられます。

 適正価格で買収を実施するために、日本電産では常に「買収先候補リスト」を用意したうえで、それらの企業に対して、毎年年初の挨拶とともに買収の意思を伝える手紙を送付しています。買収したい企業をしっかりと選定したうえで、適切な価格を算定し、そして相手が買収に応じる意思を示すのをじっくり待つことを重視しており、実際に「待った」期間は平均5年、最も長い事例では16年にも及びます。

 まとめると、日本電産は買収先候補となる企業を選定し、適切な価格算定を実施し、さらにその金額で買収できるタイミングを待ち、そして相手が応じる意思を示した場合に買収を実施しているのです。この考え方は、「投資の神様」ウォーレン・バフェット氏の「バリュー株投資」に対する考え方に通じるところがあります。

M&Aの原則②PMIを重視する

 PMIとは、”Post-merger integration”の略で、M&Aの文脈においては「買収後の統合プロセス」を意味します。日本電産はこの点に関して、「連邦経営」と呼ばれる基本方針を設定しそれを遵守しています。

 

その方針とは以下3点です。

  • 経営者の交代・従業員のリストラを行わない
  • 買収する会社のブランドを残す
  • 買収当初のみ一部の人員を出向させるものの、経営再建が完了した後はその人員を引き揚げさせる

 

 要するに、買収を実施した企業に対して大幅な方針転換を求めず、今までその企業が実施してきた取り組みを重視する方針を取っています。買収後に買収先の企業に対し永守会長が自ら現地に出向き、経営幹部に対して経営方針や理念、「人を大切にする会社なのでリストラは実施しない」ということを丁寧に伝えた、という事例もあります。

まとめると、買収先に対して無理難題を押し付けたり、人員削減を迫ったりせず、今までにとってきた手法を重視することが、日本電産の原則の2つ目となります。実際、日本電産企業戦略担当を務める常務執行役員の荒木隆光氏は、PMIに注力することこそがM&Aの成否を決めると述べています。

 

M&Aの原則③買収先を相乗効果の見込める企業・事業に限定

 3つ目の原則は買収先の選定についてです。日本電産の場合、買収先は日本電産と相乗効果が見込める企業・事業に限定しています。日本電産は、モータをはじめとした「回るもの・動くもの」に特化したモータの応用製品・ソリューションを提供する企業ですので、当然それに関連する事業を選定しているということになります。

 具体的に言うと、日本電産グループの所有する技術・販路の両面においてシナジー効果が企業・事業を選定し買収を実施しています。また、特に技術という観点に注力し、日本電産グループが持つ技術とシナジーのある技術者を抱えているか、という点も重視しています。

 

学び

 以上3点、日本電産が重視するM&Aの原則を紹介してきました。もちろんこれはM&Aに対する「唯一無二の正解」ではありません。日本電産は日本を代表する大企業であり、買収先の企業・事業も相応に規模が大きいものに限られますが、すべてのM&Aがそうではありません。したがって彼らのやり方をそっくりそのまま真似することはできませんが、経営・事業価値の算定・M&Aについて活かせる知見が含まれているのではないでしょうか。経営する事業の売却を検討されている方や、事業の買収等を調査・検討されている方々にとって、本稿が有意義なものになれば幸いです。

【参考】

吉川晃史「日本電産のM&A戦略と限界利益管理型管理会計」(2010)

日本クレアス税理士法人「海外M&Aの成否の分かれ目とは?」(2018)

M&A情報広場「巧者に学ぶM&A ~日本電産のM&A~」(2017)

M&A総合研究所「M&Aの成功は27%?コロナ禍でも失敗せずに成功確率を高める方法!」(2021)

日経ビジネス「スクープ:日本郵政、巨額減損処理へ」(2017)

M&A Online「『日本電産』2025年までに工作機械メーカー3社を買収 機械事業を5,000億円規模に」(2022)

LOGISTICS TODAY(2022)「日本郵政がトール社関連損失4,000億計上、会見全文」(2017)

日本電産 第47期株主通信「日本電産のM&A戦略とは」(2019)

日本電産株式会社 HP 「沿革」および「企業概要」(2022)

高田 匠唯

アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/アナリスト


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