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小売業における顧客の購買行動の変化とRaaSの導入

はじめに~移り変わる購買行動~

スマートフォンの普及や新型コロナウイルスの流行が続く昨今、私たちの普段の購買行動が変化していることにはお気づきでしょうか。

かつては、実際に店舗に足を運び直接商品を手にし選び、その時その場で商品を買うことが当たり前だったと思います。しかし、今では店舗に行かずスマートフォンなどを使い、手元で商品を購入したり、決まった日に商品が届くような購入形態が日常的に当たり前となっているかと思います。

このような社会の変化に対して多くの小売企業が次の時代に向けた変革を求められています。

そんな中、特に中小規模の小売企業から注目されているのが「RaaS」です。

近年「○aaS」という言葉をよく見かけるかと思います。インターネット経由でパッケージ化されたソフトウェアを利用する「SaaS」、同じくインターネット経由でサーバーやOSを利用する「IaaS」、従来の交通手段やサービスに次世代のテクノロジーを掛け合わせる「MaaS」などが一例です。

本稿では、小売業を対象としたサービスの提供・利用である「RaaS」について経緯から実例を元に解説致しますので、ご参考になれば幸甚です。

 

RaaSとは

「RaaS」はRetail as a Serviceの略であり、直訳すると「小売りのサービス化」です。具体的には、自社で蓄積された商品販売や運営のノウハウやデータとテクノロジーにIT技術を組み合わせ、他の事業者に提供します。

アメリカ発信のビジネスモデルであり、日本ではまだ馴染みが薄いですが、コロナ禍の影響などによって従来の店頭販売が厳しい中において小売企業では検討すべきサービスとなってきています。

 

背景と経緯

「RaaS」が生まれた背景には、デジタル化やサブスクリプションの台頭により購買に対する消費者の行動や価値観の変化が挙げられます。

ECサイトや個人間取引サービスの増加に伴い、購入者の購買選択肢はこれまで以上に多様化・複雑化してきています。さらには、コロナ禍における感染症対策やキャッシュレスの普及で商品の選択から決済、受け取りまでの購買体験そのものが大きく変化しています。

これまでもO2O(Online to Offline)という、オンラインからオフラインの実店舗へ顧客を誘導する施策や、オムニチャンネルによる顧客の囲い込みを図る施策で、顧客数の増加と長期的な売上アップを期待してきました。しかし、購買体験が多様化した現在では、今までのような施策効果を期待することは見込めなくなっています。

そこで、小売りやリテール業において、顧客体験の向上や新たなサービス提供を迅速かつスムーズに展開したいというニーズの元誕生したのが「RaaS」です。

 

RaaS導入のメリット

導入のメリットとして、サービスの提供者側は新しいビジネスを創出できます。利用者側では以下のメリットを期待することができます。

 

①店舗運営する際の初期投資とリスクを抑えられる

小売店舗を立ち上げる際、実店舗やスタッフなど場所や人を手配したり、流通経路や決済手段を準備し店舗運営のオペレーションを考えるなど様々な仕組みを用意しなければなりません。しかし、「RaaS」を使用する場合では、提供企業が有している様々な情報やノウハウに加え、実店舗の提供を活用できるため、コストや時間の面からも初期投資を抑えることが可能です。

 

②利用前までは得ることのできなかった顧客データの収集と活用ができる

「RaaS」ではIT事業者が提供する最新テクノロジーを用いて、ビジネストレンドに基づく様々な顧客データを収集することができます。利用前では店舗内での顧客の行動パターンなどのデータ取得は難しかったが、店内に設置したカメラから個人情報とは紐づかない顧客の行動データを取得したり、スマホのアプリからパーソナライズデータを取得することが可能になります。さらには、取得したデータを統合管理することで、事業の予測や見直しに活用することができます。

 

③DXの推進による、CX/EXの向上につなげられる

「RaaS」を利用することで、前述のように導入の初期コストが抑えられることと、既に成功している企業のノウハウやテクノロジーを活用できることによる導入リスクの低さから、DXに対する心理的・リスクマネジメント的なハードルを下げられます。そのため、今までDXを進めることの難しかった企業でも、DXを進めやすくなるのではないかと考えられます。

また、DXを進め取得したデータをマーケティング活動に活用することで、CX(顧客体験)/EX(従業員体験)の向上、さらには顧客満足度が向上することでLTV(顧客生涯価値)の底上げにもつなげられると考えられます。

 

④D2Cビジネスへの追い風になる

D2C(Direct to Custumer)とは、自社製品を小売店などを通さずに直接顧客へ提供するビジネス形態です。これまではECサイトなどを通じてオンラインで展開されることの多かったD2Cビジネスですが、サブスク型の「RaaS」を利用することで、好みのタイミングで開店・閉店ができ、テストマーケティングやプロモーションの活用がしやすいため、実店舗での販売も容易になります。

 

事例

ここで海外と日本国内の企業が提供する「RaaS」の事例を紹介します

 

海外企業事例

・商品体験の場と店舗運営に必要なサービス全てをサービス化(b8ta)

b8taは2015年にアメリカのサンフランシスコで創業した、D2C製品などを扱う体験型ストアを提供する企業であり、「RaaS」を語る上では欠かせない存在です。同社が展開する小売業の形態は、メーカから同社に月額料金を支払い、商品の設置、さらに顧客の行動データをメーカーにフィードバックするものです。提供するのは店舗スペースのほか、運営に必要なスタッフや店内カメラのマーケティングデータがあります。

アメリカb8taは2022年2月に閉店していますが、日本では現在b8ta Japanが同様のビジネスモデルを展開し、3店舗を運営しています。小売店に販売経路を持たずに、実際に商品を触ってもらう機会を持つことができない新興メーカーなどからの注目を集めています。

・マイクロソフト社と協業で開発した電子ディスプレイ棚をRaaS方式で提供(Kroger)

1883年にアメリカのオハイオ州で創業した大手スーパーマーケットチェーンを展開するKrogerは、電子ディスプレイ棚「EDGE Shelf」をマイクロソフト社と協業で作り上げ、その仕組みを他の小売業者にRaaS方式で提供しています。

「EDGE Shelf」は、従来の紙のプライスカードに代わって商品の価格やプロモーション情報、さらには成分や栄養などの情報をディスプレイで表示することができます。広告宣伝・販売促進の管理システムと連携することで、広告やプロモーション情報を店内の適所にタイムリーに表示し、販売促進効果を向上させることができます。

日本国内では2019年3月からKrogerと大日本印刷との共同研究として、実証実験を始めています。

・レジレス決済システムの技術を外部に提供(Amazon)

2018年1月にアメリカのシアトルでオープンした、Amazonのレジレスコンビニ「Amazon Go」では、店内に設置された多数のカメラ、センサーとAIによって顧客の行動を把握することでレジでの会計を不要とするシステムを構築しました。顧客が店内で買い物をしながら商品を購入できる「Just Out Technorogy」を使用しており、RaaSとして外部に提供を開始しました。

現在、コロナ禍の影響もありAmazon Goの店舗はアメリカ国内およびイギリス国内で約30店舗展開しており、今後は、コンビニのみならずスーパーマーケットのような比較的大規模スペースでの運用も展開されています。

 

日本企業事例

・体験型スペースの提供と情報発信の機会を創出(no-ma)

2021年4月に渋谷パルコとの協業で渋谷スペイン坂にリアル店舗をオープンしたno-maは、サブスクリプション形式で一等地に自社製品の体験型スペースを展開できるRaaSを提供しています。

no-maでは実店舗でのスペースを貸し出すだけでなく、独自メディア「OPENERS」や、著名クリエイター、インフルエンサーとコラボした情報発信の機会を創出できることが特徴です。今後は、商品の体験だけでなく、購買に向けたストーリー作りにも積極的に取り組んでいくとしています。

・製品展示のショールームと顧客の行動データを提供(CAMPFIRE)

2011年に創業したCAMPFIREとパルコ共同で東京・渋谷にてショールーム「BOOSTER STUDIO by CAMPFIRE」を運営しています。同店舗では、クラウドファンディングを通じて開発された製品や、メーカーから正式発売される前の商品を展示することができます。展示商品を購入する場合は、CAMPFIRE運営のクラウドファンディングサイトからの購入ができます。

ショールームで展示している時の顧客の人数や属性、行動パターンなどのデータをメーカーに提供することで、次回以降の製品開発に生かすことが可能となります。

 

おわりに~今後の展望~

本稿では、RaaSの実態について紹介しました。

これからの小売業界を取り巻く環境は、今まで以上の速度で移り変わり拡大していくでしょう。今まで実店舗では商品を売るのみだったことから、商品自体はECなどから購入し、実店舗では体験そのものを売るなどリアル店舗のあり方自体も大きく変わるでしょう。

そんな社会が変化していく中、RaaSは小売業の新しい形態を構築するとして多くの注目を集め、今後RaaSを利用する企業さらには提供する企業が増えてくると考えられます。

自社に蓄積されている商品販売や店舗運営のノウハウを活用したいと考えている小売業の企業の方はRaaSの構築・提供を、自社製品の販売方針や新商品開発のためにマーケティング活動を考えている企業ではRaaSの活用をそれぞれ検討してみてもいいのではないでしょうか。

本稿を通じて、これからの小売業の在り方とRaaSについて皆様に資するものがあれば幸甚です。

 

【参考】

NECソリューションイノベータ「小売業のための「RaaS」とは?新たなサービス形式のメリットと活用目的を考察」

NTT東日本「小売業の新たなビジネスモデルRaaSとは?概要や事例、メリットなどを紹介

FUJITSU「RaaSとは?リテール業のデジタル化を推進する新たなプラットフォーム

Ys AND PARTNERS「アメリカの新しい小売テクノロジー。Amazon Goのジャストウォークアウト・テクノロジーが変えるショッピング。」

PR TIMES「RaaS型体験スペース「no-ma」と連動するD2Cブランドのキュレーションコマースメディア「no-ma」をオープン。」

株式会社CAMPFIRE「BOOSTER STUDIO by CAMPFIRE」

 

福田 裕基

アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/アナリスト