
多くの企業において、営業活動の高度化は重要なテーマとされてきた。しかし、近年その重要性はさらに高まっている。市場環境の変化、顧客ニーズの複雑化、そして競争の激化により、従来の営業活動では成果を出し続けることが難しくなっているためである。
かつての営業担当者は、「顧客の要望に正確に応えること」が中心であり、顧客が必要としている商品やサービスを適切にかつ確実に納品するという、一連のプロセスを高い精度で回すことが重要であった。
しかし、近年この前提は変化しつつある。顧客はインターネットを通じて多くの情報にアクセスできるようになり、商品やサービスの比較検討を自ら行うことが可能になった。その結果、顧客の「何を選択するか」という意思決定において、営業担当者の関与は相対的に小さくなっている。
一方で、顧客の「なぜそれを選択すべきか」「どのように活用すれば成果につながるのか」といった問いに対するニーズは高まっている。顧客は単なる情報ではなく、状況に合わせた示唆や提案を求めているのである。
ここに、営業担当者の役割の変化がある。営業担当者は単なる顧客の発注窓口ではなく、顧客の課題を理解し、その解決を支援する存在へと進化する必要がある。このような営業活動を本記事では、顧客から依頼された内容に対応するだけでなく、その背景にある課題まで汲み取って提案するものとして「積極営業」と呼ぶ。
しかし、実際の現場では、この転換が進んでいないケースが多い。営業担当者は日々顧客と接しているにもかかわらず、その活動の多くは依頼されたことに忠実に対応することに終始している。
このような営業活動を本記事では「受け身営業」と呼ぶが、たしかに顧客の要望に応えるという意味では重要な役割を果たしている。しかし、それだけでは他社を超えることは難しい。
ただし、重要なのは、この状態が営業担当者個人の問題だけではないという点である。むしろ、営業プロセスや評価制度、組織文化といった構造的な要因が、この状態を生み出していることも多い。
本記事は、既存顧客対応が中心となっている営業組織を変革したい営業マネージャーや営業企画担当者などに向けて、受け身営業が生まれる背景と、その改善アプローチを整理するものである。
多くの場合、受け身営業はネガティブに語られる。しかし実際には、その状態に至るまでには一定の合理性がある。特に、既存顧客対応を中心とする営業組織では、営業担当者の意識だけでなく、日々の業務環境そのものが、受け身営業を生み出しているケースも少なくない。本章では、まず「なぜ受け身営業が発生するのか」を整理する。
例えば、ある営業担当者が長年担当している顧客がいるとする。その顧客とは継続的な取引があり、関係性も良好である。顧客からは定期的に相談があり、営業担当者はそれに対して迅速に対応している。
この状況は一見すると非常に望ましい。営業担当者としては安定的に売上を確保でき、顧客からの信頼も得られている。
しかし、この関係性には一つの問題がある。それは、営業活動が顧客の依頼を起点としており、営業担当者が「積極営業をする機会」がほとんど存在しないという点である。
本来であれば、営業担当者は顧客からの依頼を受けた際に、「なぜその依頼が発生しているのか」「背景にどのような課題があるのか」を考える必要がある。しかし、実際にはそのような思考が省略されることが多い。
その理由は主に3つである。
このように、受け身営業は単なる怠慢や能力不足だけでなく、そうせざるを得ない環境の中で、営業担当者が合理的な選択を積み重ねていった結果、形成されているともいえる。
しかし、一見合理的なこの積み重ねが長期的に続くことで、2つの問題が顕在化する。
では、なぜこのような受け身営業が、多くの営業組織で継続してしまうのだろうか。その背景には、営業担当者個人では解決しづらい構造的な要因が存在する。
前章では、受け身営業が営業担当者個人の問題ではなく、日々の営業活動の中で合理的に形成される側面があることを整理した。
では、なぜその状態が営業組織の中で継続してしまうのだろうか。
本章では、営業組織の構造という観点から、その背景を整理する。重要なのは、「なぜ営業担当者は積極的に提案しないのか」ではなく、「なぜ営業担当者が積極的に提案しなくても、組織が成立してしまうのか」という視点である。この視点に立つことで、営業担当者個人ではなく、構造としての問題が見えてくる。
受け身営業を生み出す構造は、大きく分けて以下の3つに整理できる。
以下ではこの3つについて、それぞれ整理していく。
受け身営業では、営業担当者と顧客の担当者との関係性が深くなるケースも多い一方で、顧客との接点は担当者レベルに限定されることも少なくない。
そのため、営業担当者は運用上の課題などについては詳しく把握できている一方で、顧客の上位レイヤーがどのような戦略を描いているのか、どのような意思決定を行っているのかといった情報までは把握できていないケースもある。
このような情報構造も、受け身営業が生み出される要因の1つである。
この状態では、顧客の要望に応じることは可能だが、その背景にある課題や真因まで踏み込んで考え、支援する「積極営業」を行うことは難しいからである。
次に重要なのが、営業プロセスである。
受け身営業が常態化している営業組織では、営業担当者の業務内容は既存顧客への対応が中心となっていることも多い。顧客からの依頼に応え、見積を出し、受注につなげる。この一連の流れは、ある程度パターン化されており、営業担当者は経験を積めば効率的に処理できるようになる。
ここで問題となるのは、この営業プロセスの中に「考える時間」が組み込まれていないという点である。
例えば、営業担当者がシステム更改の見積依頼を受けた際に、その背景や目的を考えることなく、依頼された構成のまま見積を作成するケースは少なくない。
さらに、営業担当者一人あたりの業務量が多い場合、この傾向はより強まる。営業担当者は目の前のタスクを処理することが優先され、「考える時間」は後回しになる。その結果、営業担当者にとって積極営業は「やるべきだが後回しにできるもの」として扱われるようになる。
営業プロセスに「考える時間」が組み込まれていなければ、どれだけ営業担当者の意識を高めても行動は変わりにくいのである。
営業担当者の営業活動に大きな影響を及ぼすものの1つが社内評価制度である。
多くの企業では、営業担当者の社内評価を、売上や受注件数といった定量指標に基づいて行っていることが多い。このこと自体は合理的であるが、定量的な成果に偏りすぎると、営業担当者の行動に歪みが生じる。
積極営業は、顧客の課題を分析し、仮説を立て、検証し、提案するという営業プロセスを要し、営業担当者は一定の時間と労力を必要とする。一方で、受け身営業であれば比較的少ない時間と労力で受注につながる可能性が高い。
この状況で定量的な評価が中心となっている場合、営業担当者はどちらの行動を選択するだろうか。多くの場合、確実性の高い既存顧客対応を優先するだろう。
結果として、営業担当者にとって積極営業は「やった方がよいが、やらなくても評価される」ものとなり、優先順位が下がるのである。
ここまで見てきたように、受け身営業は複数の構造的要因が組み合わさることによって成立してしまっている。
重要なのは、この問題を営業担当者個人の能力や意識の問題のみで捉えないことである。どれだけ優秀な営業担当者であっても、この構造の中にいれば行動は制約される部分も多い。
したがって、積極営業への転換を実現するためには、営業担当者個人への教育だけでなく、構造そのものに働きかける必要もある。
次章では、この構造をどのように変えていくのか、具体的に整理する。
前章までは、「受け身営業」が営業担当者個人の問題だけではなく、営業組織の構造によって生み出されている側面があることを整理した。では、そのような環境の中で、営業組織はどのように営業担当者を積極営業へ転換させていけばよいのだろうか。
重要なのは、とるべき行動を具体的に示すことである。「考える時間」が営業プロセスに組み込まれていないため、「よく考えて行動するように」という指示では行動は変わらない。「何をどのようにすれば“積極営業”をできるのか」を明確に示す必要がある。
本章では、営業活動で実行可能なアプローチを「思考」「行動」「接点」の3つの観点から整理する。
まずは、営業担当者が「顧客の課題を深掘って考える習慣」を持つことである。しかしこれは単発のスキルではなく、習慣として定着させる必要がある。
思考方法は様々あるが、例えばシステム更改の依頼を顧客から受けた場合には「なぜ今このタイミングでシステム更改が必要なのか」「背景に運用負荷やセキュリティ課題が存在しないか」といった視点を持つことでも、会話の質は大きく変わる。
次に、営業担当者が実際の営業活動の中でどのように振る舞うかが重要である。
受け身営業では、「顧客が話す → 営業担当者が応える」という構造になっている。これを、「営業担当者が問いを設計し、会話をリードする」構造に変える必要がある。
そのための基本アクションはシンプルに、「能動的に顧客の話を聞く」ことである。
要は顧客の話にただ耳を傾けるのではなく「顧客が何に悩み、何を求め、どのような状態か」を把握することを目的として聞くのである。そうすることで、積極営業の足掛かりとなる「顧客のニーズ」をより正確に把握することにつながる。
また、顧客のニーズを正確に把握していれば、それ自体が営業担当者と顧客の信頼関係構築にもつながる。顧客が営業担当者に対して「この人は弊社のことをわかっている」と感じたときから、営業担当者は単なる発注窓口ではなく、「共に考えるパートナー」として認識されるようになるのである。
積極営業を行うためには、顧客の上位レイヤーの持つ情報を把握していることが重要であることは前述したが、顧客の担当者との関係だけでは、どうしても情報の範囲が限定されてしまう。
しかし、営業担当者個人だけで上位レイヤーへアクセスすることは現実的に難しいケースも多い。そこで重要になるのが、「自社の上位レイヤーの関与」である。
例えば、自社の上位レイヤーが定期的に顧客の上位レイヤーを訪問し、関係を構築する。この際の目的は営業ではなく、「情報収集」と「関係構築」である。
ここで得られる情報は、顧客の担当者からでは得られない質を持つ。事業戦略、投資方針、組織課題など、積極営業の起点となる重要なインサイトが含まれる可能性が高いからである。
その情報を営業担当者に共有することで、営業担当者が積極営業への足掛かりを得ることにつながる。
ここまで整理してきたアプローチを実践することで、営業活動には様々な変化が生まれる可能性がある。
営業担当者にとって、従来は「顧客から依頼を受け、それに応える」ことが中心だった営業活動が、「顧客と一緒に課題を整理する場」へと変わっていく。その結果、営業担当者と顧客の関係性も変化する。
ただし、積極営業への転換は容易ではない。
各組織の状況に合わせた取り組みを設計することが重要である。
営業担当者個人のスキルを向上させることに注力するだけでなく、自社の上位レイヤーの関与など、複数の要素を組み合わせ組織として変革を行うことが必要である。
本記事で整理してきた通り、受け身営業は営業担当者個人の能力や意識だけではなく、営業組織の構造によって生み出されている側面も大きい。
したがって、営業改革では「営業担当者個人のスキルを変えること」よりも、「営業担当者の行動を変える構造を作ること」を優先すべき場合もある。
思考、行動、接点。この3つを連動させることで、営業組織は変わる。
積極営業は一朝一夕で身につくものではない。しかし、正しいプロセスを踏めば、再現可能なスキルとして組織に定着させることができる。
本記事が、同様の取り組みを考える組織の一助となることを期待したい。
アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/アナリスト