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SAP ECCサービス提供終了と大企業の課題~大企業における業務基幹システム移行の難しさ~

 

 

 SAP ECCSAP ERP Central Component)は、SAPが提供してきた統合基幹業務システム(ERP)の中核となる製品で、企業の主要業務を一元的に管理・統制することを目的としています。財務会計(FI)、管理会計(CO)、販売管理(SD)、購買管理(MM)、生産管理(PP)、在庫管理(WM)など、企業活動に不可欠な機能をモジュール単位で提供し、各業務がリアルタイムに連携する点が大きな特徴です。

 SAP ECCでは、単一のデータベース上で全業務データを管理するため、部門間で情報の不整合が起こりにくく、正確で迅速な経営判断を支援します。また、業務プロセスが標準化されているため、グローバル展開する企業においても、拠点ごとの業務差異を吸収しつつ統一的な管理が可能です。多通貨・多言語・各国法制度への対応力が高い点も、ECCが長年にわたり世界中で採用されてきた理由の一つです。

 一方で、ECCはオンプレミス型を前提とした設計であり、カスタマイズが増えるほど保守・運用が複雑化するという課題も抱えています。近年はデジタル変革やリアルタイム分析、クラウド活用への要求が高まっており、SAPは後継製品としてSAP S/4HANAを位置付けています。そのため現在、SAP ECCは「安定した既存基盤」として運用されつつ、将来的なS/4HANAへの移行を見据えた位置づけで理解されることが一般的です。

SAP ECCのサービス提供が202712月に終了することが発表されてから、利用している多くの企業でSAPシステムの乗り換えが喫緊の課題となっています。これまでSAP ECCは、会計、購買、販売、生産、人事といった企業の基幹業務を長年にわたり支え続けてきました。特に大企業においては、SAP ECCが業務の中心に据えられ、日々の企業活動そのものを成り立たせていると言っても過言ではありません。

そのSAP ECCのサービス提供終了は、単なるIT製品のライフサイクルの問題ではなく、企業経営そのものに影響を及ぼす重要な転換点です。サポートが終了すれば、セキュリティリスクの増大、法制度改正への対応遅れ、障害発生時のリスク増大など、さまざまな問題が顕在化します。そのため、多くの企業がS/4HANAを中心とした次世代SAPシステムへの移行を検討せざるを得ない状況に置かれています。

 しかし、検討を進める中で「想像以上に難しい」「簡単には進められない」という現実に直面する企業も少なくありません。特に大企業におけるSAPシステム移行は、一般的なシステム刷新とは比較にならないほどの難易度を伴います。本記事では、SAP ECCサービス提供終了を背景に、なぜ大企業のSAPシステム移行はここまで難しいのかについて、現場でよく直面するポイントを中心に詳しく解説します。

 

SAP ECCサービス提供終了によって企業が直面する課題

  SAP ECCは、多くの企業で10年、20年、場合によっては30年近く使われ続けてきました。その間、業務の拡大や組織再編、M&A、法制度の変更などに対応するため、システムは幾度となく改修され、拡張されてきました。結果として、SAP ECCは単なる業務システムではなく、企業の歴史や業務の慣習がそのまま刻み込まれた存在になっています。

 サービス提供終了により、SAP ECCを使い続けることは、以下のようなリスクを伴います。

 

  •  セキュリティパッチが提供されず、脆弱性リスクが高まる
  • 税制改正や会計基準変更などへの対応が困難になる
  • 障害発生時に十分なサポートを受けられない
  • 新しいデジタル技術やデータ活用施策と連携しづらくなる

 

 こうした背景から、SAPシステムの乗り換えは「やるかやらないか」の選択肢ではなく、「いつ、どのように進めるか」という問題へと変わっています。

 

大企業のSAPシステム移行の難しさ

 

 SAP移行の難易度は、企業規模が大きくなるほど急激に高まります。大企業のSAPシステム移行が難しくなる理由は、大きく次の3点に集約されます。

 

  • 長年使い続けたレガシーシステム化したSAP ECCの存在
  • SAPと連携する関連システムが非常に多いこと
  • 移行対象となるデータ量と会社数が膨大であること

 

 以下、それぞれについて詳しく見ていきます。

 

  1. 長年使い続けたレガシーシステム化したSAP ECCの存在

 

 大企業のSAP ECCは、長年にわたる運用の結果、非常に複雑なレガシーシステムとなっています。当初は標準機能中心で導入されたSAPも、業務の個別要件に対応するため、数多くのアドオンやカスタマイズが追加されてきました。

 こうしたアドオンは、その時々の課題を解決するために作られたものですが、年月が経つにつれて次のような問題を抱えるようになります。

 

  • 開発当時の背景や目的が分からなくなっている
  • 設計書や仕様書が最新化されていない
  • 特定の担当者やベンダーしか理解していない
  • 標準機能と重複しているが放置されている

 

 このような状態では、移行プロジェクトの初期段階で必要となる「現行システムの棚卸し」だけでも膨大な工数がかかります。どのアドオンが本当に必要なのか、どの機能が業務上必須なのかを整理する作業は、想像以上に困難です。

 

 さらに、S/4HANAではデータモデルやアーキテクチャが大きく変わるため、ECC時代のアドオンをそのまま移行できないケースが多くあります。その結果、再設計・再開発が必要となり、移行コストと期間が大幅に増加します。アドオンが多ければ多いほど、この影響は大きくなります。

 

  1. SAPと連携する関連システムが非常に多いこと

 

 SAP移行を検討し始めた際、多くの企業が最初に抱く誤解の一つが「SAPを新しいシステムに置き換えれば移行は完了する」という考え方です。しかし実際には、SAPは企業システム全体の中核に位置しており、単体で存在していることはほとんどありません。長年の運用の中で、SAPの周囲には数多くの関連システムが接続され、複雑なシステム連携網が形成されています。この現実こそが、SAP移行を難しくする大きな要因の一つです。

 

 典型的な例として、周辺には販売管理システム、購買・調達システム、倉庫管理システム、製造実行システム、会計周辺の債権債務管理システム、固定資産管理システムなどが存在します。さらに、EDI、銀行連携、税務申告システム、BIツール、RPAExcelマクロなど、一見すると小規模に見える仕組みも、業務上はSAPと密接に結びついています。これらの多くは、SAPの標準機能では対応しきれなかった業務要件を補う形で追加されてきたものであり、年月を経るごとに数が増えていきました。

 

 問題となるのは、これらの関連システムの多くが「暗黙の前提」でSAP ECCと結びついている点です。インターフェース仕様書が十分に整備されていなかったり、開発担当者がすでに異動・退職していたりするケースも珍しくありません。その結果、どのデータが、どのタイミングで、どのシステムと連携しているのかを正確に把握できていないまま、移行プロジェクトがスタートしてしまうことがあります。

 

 SAPS/4HANAへ移行すると、データ構造やテーブル構成、処理ロジックが大きく変わります。そのため、これまで問題なく動いていた周辺システムとの連携が、そのままでは動作しなくなる可能性が高くなります。インターフェースの改修、場合によっては周辺システム側の大幅な作り替えが必要となり、「SAPだけを移行する」という当初の想定は、早い段階で現実的ではなくなっていきます。

 

 さらに厄介なのは、関連システムの数が多いほど、影響範囲の特定と調整が難しくなる点です。一つのインターフェースを変更するだけでも、複数部門や複数ベンダーとの調整が必要になり、意思決定に時間がかかります。特に、外部ベンダーが開発・保守しているシステムの場合、契約内容や対応可否の確認だけでも相当な工数を要します。

 

 このような状況では、SAP移行はもはやIT部門だけのプロジェクトではなくなります。業務部門、関連システムのオーナー、外部ベンダーを巻き込んだ全社的な取り組みが不可欠となります。しかし、移行の初期段階でこの点が十分に認識されていないと、「想定外の作業が次々と発生する」「スケジュールが後ろ倒しになる」といった事態に陥りやすくなります。

 

 結果として、多くの企業が「SAP単体では移行できない」という現実に、プロジェクトの途中で気づくことになります。だからこそ、SAP移行を成功させるためには、最初から関連システムを含めた全体像を可視化し、影響範囲を洗い出したうえで計画を立てることが重要です。SAP移行とは、単なるシステム刷新ではなく、長年積み重なった企業ITの構造を見直す大きな転換点であることを、あらかじめ理解しておく必要があります。

 

  1. 移行対象となるデータ量と会社数が膨大であること

 SAP移行プロジェクトにおいて、最初に直面する大きな現実の一つが「移行対象となるデータ量と会社数の膨大さ」です。特に長年SAP ECCを基幹システムとして利用してきた企業では、十数年から二十年以上にわたり蓄積された業務データが存在し、その総量は想像以上に大きいです。財務会計伝票、管理会計データ、販売・購買の取引履歴、在庫移動履歴、マスタデータなどが複雑に絡み合い、単純なデータコピーでは済まない状況を生み出しています。

 また、多くのグローバル企業や企業グループでは、SAPシステム上に複数の会社コードが存在します。数十社、多い場合には百社を超える会社コードが一つのECC環境に集約されており、それぞれが異なる業務ルール、決算スケジュール、法制度対応を持っているケースも少なくありません。これらすべてを同時にS/4HANAへ移行するとなると、単なる技術的な作業ではなく、企業全体の業務構造そのものを再整理する作業に近いものとなります。

 

 データ量が膨大であることは、移行方式の選定にも直接的な影響を及ぼします。フルデータをそのまま移行しようとすれば、システム停止時間(ダウンタイム)は長期化し、業務への影響は避けられません。一方で、過去データを一定期間分に絞る「データ削減」や「アーカイブ」を検討すると、今度はどのデータを残し、どこまでを切り捨てるのかという経営判断が必要になってきます。監査対応や税務調査、過去分析への影響を考慮すると、現場からは「できるだけ残したい」という声が強くなり、結果としてデータ量が減らないまま移行計画が膨らんでいくことも多いのが現実です。

 

 さらに問題を複雑にするのが、会社数が多いことによる調整コストです。各社ごとにデータ品質のばらつきが存在し、未使用マスタ、誤ったコード値、過去の運用ルールによる例外処理などが大量に残っている場合が多いです。これらを移行前に整理・クレンジングしなければ、S/4HANA上でエラーや不整合が顕在化するリスクが高まります。しかし、全社横断でデータ品質を是正するには、各会社の業務担当者との合意形成が不可欠であり、想定以上の時間と労力を要します。

 

 加えて、データ移行は一度きりの作業ではありません。本番移行前には、開発環境、検証環境、本番環境で複数回のリハーサルが必要となり、そのたびに大量のデータを扱うこととなります。会社数が多ければ多いほど、移行テストのケースも指数的に増加し、検証工数がプロジェクト全体のボトルネックになることも珍しくありません。

 

 このように、SAP移行における「データ量と会社数の膨大さ」は、単なる規模の問題ではなく、意思決定、業務整理、組織間調整を含む複合的な課題です。多くのプロジェクトが当初想定したスケジュールやコストを超過してしまう背景には、この現実を過小評価してしまうことがあります。SAP移行を成功させるためには、早い段階でこの課題を正面から認識し、データ削減方針や会社単位での段階移行など、現実的な戦略を描くことが不可欠です。

 

まとめ

 ここまで見てきたように、大企業のSAPシステム移行は、単なるシステムの入れ替えではありません。これまで積み上げてきた業務プロセス、システム構成、データ、会社構造と向き合い、将来を見据えて再構築する取り組みです。

 そのため、移行には十分な準備期間と、現場を理解した上での計画立案が不可欠です。場当たり的に進めると、途中で行き詰まり、プロジェクトが長期化するリスクが高まります。

 SAP ECCのサービス提供終了は、大企業にとって避けて通れない課題です。レガシー化したシステム、膨大な関連システム、大量のデータと多くの会社といった要因が重なり、移行の難易度は非常に高くなります。

  一方で、早い段階から現状を正しく把握し、段階的に計画を立てることで、移行リスクを抑えることは可能です。

 弊社では、SAPをはじめとした基幹システムの移行・刷新において、現行システムの整理、移行方針やロードマップの策定、データ移行計画の立案、関連システムを含めた全体設計などを支援してきた実績があります。

 SAPシステムの乗り換えについて、「何から着手すべきか分からない」「自社の状況でどれほど難易度が高いのか知りたい」といったお悩みがございましたら、ぜひお気軽にお問い合わせください。貴社の状況に合わせた現実的なシステム移行の進め方をご提案いたします。

 

【参考】

・日経クロステック「SAPジャパン社長が「2027年問題」を2031年以降も支援と説明、なお残る2つの課題

安田 武蔵

アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/マネージャー