皆様は、『明日からxx市場の見立てを調べて、投資判断の材料をくれ』と言われたとき、どのように考えられるでしょうか?おそらく、多くの方は対応に困るか、もしくは着手した後に『ちょっと違う、、、』のような反応をもらった経験があるか、いずれかのパターンになると推察しております。本稿は、そんな方々に向けて、市場動向の調査をケーススタディを通してどのようにやるべきかを解説します。
市場調査の失敗は、多くの場合、この最初のステップで運命づけられています。多くの人がいきなりGoogle検索にキーワードを打ち込み始めますが、それは徒労に終わる可能性が高いです。
プロジェクトの始まりは、いつだって「問いを立てる」ことから。それも、解く価値のある「良質な問い」です。
当初、私に与えられたテーマは「ヒートポンプの欧州市場の将来性を調べて」というものでした。これをそのまま問いにすると、「ヒートポンプは儲かるか?」という、あまりに漠然としたものになります。これでは、どこを調べ、何を分析すればいいのか分かりません。
そこで、私たちはまず、この大きな問いを、具体的で検証可能な小さな問いに分解することから始めました。思考ツールとしては「イシューツリー」が非常に有効です。
【イシューツリーによる問いの分解例】
この分解作業を通じて、ぼんやりとした問いからより詳細な問いへと変化します。
問いを分解したら、次に「仮説」を立てます。これは、現時点での「仮の答え」です。このプロジェクトでは、私たちは以下のような仮説を立てました。
「欧州のヒートポンプ市場の成長は、消費者の自発的な選択というより、『ガスボイラーを禁止する規制』と『導入を後押しする補助金』という政策的な強制力によって、半ば不可逆的にドライブされるのではないか?」
この仮説が、調査全体の屋台骨となります。今後の情報収集や分析は、すべて「この仮説が正しいか否か」を検証するために行われるのです。
最後に、チーム全員で「最終的なアウトプットイメージ(報告書の骨子)」を共有します。今回で言えば、記事冒頭に紹介したレポートの目次のようなものです。これを最初に作っておくことで、メンバー間の目線が揃い、手戻りや無駄な作業を劇的に減らすことができます。また、このプロセスを経ることでクライアントの期待値に達することが可能になってきます。
良質な問いと仮説とアウトプットイメージを作成したら、やっとGoogle検索に入ります。ここで重要なのは、やみくもに情報を集めるのではなく、仮説を検証するために必要な「証拠(ファクト)」を狙い撃ちで集めることです。
コストとスピードの観点から、調査は必ず二次情報(公開情報)のデスクリサーチから始めます。今回のプロジェクトで、私たちが信頼できる情報源として活用した「情報源マップ」を公開します。
リサーチ方法:
ただ単語を並べるだけでは、ノイズの多い情報に埋もれてしまいます。以下のテクニックを駆使して、情報の精度を格段に上げました。
このステップで最も重要な心構えは、徹底的に「数字」にこだわることです。
こうした具体的なファクトこそが、後の分析の質を決定づけるのです。曖昧な表現は、思考停止のサイン。数字の裏付けが取れるまで、執拗に一次ソースを掘り下げることがリサーチの要諦です。
さて、手元には大量のファクトが集まりました。次のステップは「分析・構造化」です。これは、集めた一つひとつの情報を関連付けて、隠れた傾向や法則を見つけ出す作業です。さらに、それらの傾向を組み合わせることで、顧客層の分布や競合との関係性といった市場の全体像を立体的に描き出すことを目指します。
集めた情報を整理するために、ビジネスフレームワークは非常に有効です。ただし、フレームワークを使うこと自体が目的になってはいけません。あくまで「思考を整理し、洞察を深めるための道具」と捉えましょう。PEST分析(Politics:政治的要因、E – Economy:経済的要因、S – Society:社会的要因、T – Technology:技術的要因の4つの視点から外部環境を分析鶴フレームワーク)が有名ですが、今回は上記で解説した仮説を補強する為に特に規制関連に着目して分析しております。
以下「国別比較表」で簡単に解説しております。
この一枚のシートを作るだけで、各国の政策の違い(規制主導のドイツ、安定補助のフランス、ポテンシャル型のイギリス)が、一目瞭然になります。これにより、国ごとに異なる戦略が必要であることが直感的に理解できます。
分析で最も重要な思考習慣が、「だから何?」を自らに問い続けることです。これは、事実から示唆を引き出すための重要な観点です。
【「だから何?」の思考】
このように、「だから何?」を5回繰り返すようなイメージで思考を深掘りしていくと、単なる情報の要約に留まらない、ビジネスアクションに直結する「示唆」が見えてくるのです。
ここまでのプロセスで、市場の実態とビジネス上の示唆が見えてきました。いよいよ最終ステップ、これらを基に「我々は何をすべきか」という具体的な戦略を描き、人を動かすストーリーとして伝えるフェーズです。
ステップ3で見えてきた市場の「課題」は、裏を返せば我々にとっての「機会」です。先のレポートで示した4つの戦略提案は、まさにこの「課題→機会」の転換から生まれています。
このように、市場のペインポイント(痛み)を解決する形で自社の強みを掛け合わせることで、説得力のある戦略が生まれます。
どんなに優れた分析や戦略も、それが意思決定者に伝わり、共感を呼ばなければ意味がありません。最後は、ロジックを「人を動かすストーリー」に昇華させることです。
そのためのポイントは3つ。
ここまで、ヒートポンプ市場調査をケースに、私の考える市場調査と戦略立案の全プロセスをご紹介してきました。
このプロセスで最も重要なのは、一連の流れを「型」として身につけ、繰り返し実践することです。この「問いを立て、情報を集め、分析し、戦略を描く」という基本の型さえ身についていれば、どんな未知の市場に対しても、自信を持ってアプローチできるようになります。実際に本プロジェクトを通じてクライアントの投資判断の一助になったことを後ほどお伺いすることができました。
このように、我々は既知/未知の市場を問わず、適切に分析することでクライアントを導く知見を保有しております。ヒートポンプ市場はもちろんのこと、その他の市場に関しても、市場調査や戦略策定を手掛けた実績がございますので、ご興味がある方は一度問い合わせをいただけたら幸甚です。
【参考】