
人口減少・インフラ老朽化・観光競争力上昇を受けた地方税制活用~国税や地方税を味方につけるために~
- 日本の地方自治体は、近年、深刻な人口減少やインフラ老朽化、財政収支の悪化という複数の課題に直面しています。総務省の推計によると、全国1,728市区町村のうち、2020年比で人口が3割以上減少する自治体は、2035年に12%、2050年には61%に達する見込みです。
- 老朽化した上下水道や道路、橋梁などの維持・更新コストは年々膨張し、自治体財政を圧迫しています。
国土交通省では、2040年には社会資本の30%以上が建築後50年を超えてしまうと予測しており、老朽化が懸念されます。それだけでなくインフラ維持費用を事後保全に基づいて試算したところ、2048年には2018年比でおよそ3倍に上ることが試算されています。
このような状況下では、行政サービスの効率化やインフラの選択・集中が急務となります。

建設後50年以上経過する社会資本の割合予測
URL:https://www.publicweek.jp/ja-jp/blog/article_61.html

事後保全を基本に推計したインフラ維持管理・更新費推計
URL:https://www.publicweek.jp/ja-jp/blog/article_61.html
- 一方で、日本の旅行・観光競争力は近年上昇傾向にあるだけでなく、新工場建設や研究開発拠点誘致などを追い風に民間投資や国・地方からの交付金・補助金が増加しつつあります。
- 本記事では、製造事業者、観光・サービス業者、DXベンダーの三者を想定読者とし、地方税制の最新動向と活用ポイントを整理。各セクターの具体的な活用事例や手続きのポイントを紹介しながら、国税や地方税を味方につけ、次世代ビジネスを加速するための実践的なヒントを提示します。
マクロトレンドと地方税の現状
- 近年の地方自治体を取り巻くマクロトレンドは、人口減少・インフラ老朽化・税収低下という三重苦の様相を呈しています
先項の通り2050年時点で人口が2020年比30%以上減少する市区町村は全体の61%に及び、高度経済成長期に整備されたインフラの大半が耐用年数を迎え、更新費用が急速に増大しています。
税源である住民税・固定資産税の大幅な減少が避けられず、財政基盤の再考が迫られているだけでなく、利用者が減少しており維持し続けること自体のコスト負担が拡大。このことから官民連携(PPP/PFI)の活用や、事業の選択と集中によるコンパクト化が喫緊の課題とされています。
- 総務省が推進してきた自治体DXや新型コロナ対策や、岸田政権も2021年度補正予算に、地方のデジタル化推進を目的に「デジタル田園都市国家構想推進交付金」として200億円を盛り込むことなどから、自治体におけるICT投資額は増加傾向にあります。
- 観光分野では、地域の取組目標となる水準の提示による観光地域づくり法人の形成・確立の促進や観光地域づくり法人の間の適切な連携を促すことで各法人間の役割分担がされた効率的な観光地域づくりなどを目的として、DMO(観光地域づくり法人)の登録を奨励し、民間投資誘致による税収増加の可能性も高まっています。
このように、人口減少・インフラ老朽化・税収減で自治体財政が三重苦に直面し、PPP/PFIやDX推進、国の交付金活用、DMOによる効率化・投資促進が喫緊の課題となっていることがわかります。
製造業に対する自治体による支援
過疎地域の創生を目的とした補助金
- 鶴岡市(山形県)
自治体では、固定資産税の免除や法人事業税の優遇措置、増加雇用者に対する税額免除などの補助を行っております。過疎地域における製造業や情報サービス業等の個人事業主や法人に対して建物や付属設備、土地などに対して固定資産税の課税免除を3か年受けることができます。(詳細はこちらから)
この申請は、過疎法指定地域(藤島地域・朝日地域・温海地域)で事業を営み、青色申告書を提出する個人事業主・法人を対象としております。業種は製造業や旅館業なども対象としているようです。
さらに同市では、山形県とともに慶應先端研の研究活動に対して合わせて毎年7億円で支援してバイオクラスター形成を推進しており、年間6億円の経済波及効果を及ぼしております。
- 千歳市(北海道)
半導体工場誘致特区として指定を受け、工場新設時の補助金額を最大10億円から15億円に引き上げ、法人道民税、法人事業税、設備投資時の道固定資産税などを10年間優遇する制度も開始しました。
立地の初期費用軽減のために土地のリースや、増加雇用者に対する税額免除、建物、建物附属設備、構築物の取得価額に対する優遇措置なども申請することができます。
工業団地に工場の新規設置や増設する場合、千歳市が策定した「第2期基本計画」に適合する事業に実施する事業かどうかなどの様々な条件に応じて、申請を受けることができます(詳細はこちらから)
R&D投資に対する補助金
地方自治体の補助金・助成金を活用することで、製造業における技術高度化投資の負担を抑制できます。
また国の「研究開発税制」を活用することで、さらに負担を軽減することも期待できるでしょう。
- 山形県
庄内地域産業振興センターでは、メタボローム解析技術を研究する慶應先端研等との共同研究や、その共同研究による成果を活用した新製品開発等に取り組む県内企業等に対して補助金を交付しています。補助率は1/2~2/3、上限500万円です。(詳細はこちらから)
令和6年度では、100万円以上の補助を受けた企業がいくつか存在するようです。
採択された事業では食品の製造技術に関する研究や保存方法などが多いですが、創薬プラットフォームといった分野も存在します。
- 東京都
東京都では、実用化見込みのある新製品・新技術の自社開発を行う研究開発を支援する「新製品・新技術開発助成事業」を行っています。
対象分野は新製品/技術、ソフトウェア、新サービス創出のための開発など多岐に渡ります。助成率は経費(原材料/副資材費、機械装置/工具器具費、委託/外注費など)の1/2以内で、上限は2,500万円です。(詳細はこちらから)
採択されたテーマは、新エネルギーの研究装置や腎機能の機能検査キットの開発、半導体製造装置部品の新規接合技術の開発などがあるようです。
地域活性化総合特区の活用
「地域活性化総合特区」とは、地域の包括的・戦略的なチャレンジを、規制や精度の特例を設け、特別な税制・財政・金融措置を実施するなど国と地域の政策資源を集中して支援する2種類の総合特区のうちの一つです。
なお、もう一つは国際戦略総合特区で、わが国の経済成長のエンジンとなる産業/機能の集積拠点を目指すものです。(本記事では割愛)
- 秋田県「レアメタル等リサイクル資源特区」
秋田県では、廃棄された家電・スマホ・PC機器などからレアメタルを抽出してリサイクルする試みが進められています。
鉱山関連基盤等を活用した金属リサイクル企業の集積推進、秋田大学/秋田県金属鉱業研修技術センター等による人材育成、使用済小型家電回収試験などにも取り組まれており、処理コストの低減やトレーサビリティの確保、レアメタル等資源の集約や供給基地の形成などを目指しています。
採択された事業は使用済小型家電プラチックの高度選別による新型雨水貯留槽の製品化や太陽光発電システムの広域リサイクルネットワーク構築などがあります。
今後5年後の経済効果は15億円と見積もられています。
申請にあたっては、「国の財政支援を希望する事業」として、総合特区計画に沿った優先度の高い事業であることを自治体に申告して審査/認定され、必要に応じて財政上又は金融上の支援が実施されます。(詳細はこちらから)
- 浜松市「未来創造『新・ものづくり特区』」
浜松市では、農業と工業の共存共栄を土地利用の側面から図る試みを行っています。
不足する分譲用地の確保と沿岸部に立地する企業の移転先として内陸部の新東名高速道路スマートIC周辺に新たな工業団地として約6haを整備するといった基盤整備を行い、市街化調整区域内の既存の工場集積地や幹線道路周辺に工場立地誘導地区(重点エリア)を3ヵ所設定し、企業立地を集約しつつ優良農地を保全することに取り組んでいます。
当該申請は、事業者に対して実施するものではありませんが、少なからず事業者にも影響があるものと考えられます。(詳細はこちらから)
観光・サービス業向け “地域活性×新財源モデル”(※一部補助金は検討段階)
- 忍野村「ふるさと納税×観光商品開発モデル」
山梨県忍野村では、2016度より「ふるさと納税制度」を導入し、寄附に対して寄附者の指定した「使い道」ごとにふるさと納税基金に積み立てています。(詳細はこちら)
納税基金では、河川や地下水、忍野八海などの水質保全や村内花壇への花の植栽、花農家の育成、小中学校生徒への給食提供、観光地のプロモーション動画制作/発信などに活用されています。
現地の事業者において、花農家に対する支援や動画のプロモーションによって間接的な流入拡大などが期待できます。
- ニセコ「外資誘致+宿泊税還元モデル」
ニセコでは、海外投資により多くの宿泊施設が建設されています。これらを利用する観光客を受け入れる体制を整備するための財源として、2024年11月に宿泊税が開始されました。
これらの税収は、今後バスの運用や宿泊事業者に対する補助金、観光協会の組織強化や景観の保全などに利用されます。(詳細はこちら)
宿泊事業者に対する補助金である宿泊税施設環境負荷低減対策事業補助金(仮)は募集が始まっていないものの、今後は省エネルギー製品や再生可能エネルギー製品等に対して補助を行うものと考えられ、宿泊事業者は環境への配慮をアピールしつつ事業を行えることが期待できるでしょう。
- 白馬「ふるさと納税+DMO連携」
長野県白馬村では、ふるさと納税による寄付金から観光地の整備やシャトルバスの運行、担い手のいない分野や地域課題の解決に資する起業のうち、村が認めた特定の団体や起業家に対して補助金を交付しています。
これは「白馬村ふるさと起業家支援事業補助金」というもので、担い手がいないあるいは少ない分野の事業や、地域資源や知的財産を活用した事業などを対象として補助を行っています。(詳細はこちら)
この事業では、白馬村に事業所を有する法人などが担い手の少ない分野の課題解決になる取り組みや地域資源などを活用した事業などが対象です。必要書類を添付して認定申請を行い、審査が通れば寄付を募集することができます。集められた金額の範囲内で交付申請を行うことで、事業を実施することができます。
また基金事業管理団体(DMO=観光局)が交付金を受け、基金事業実施団体(事業者・観光団体・行政)の事業計画をとりまとめ、基金事業計画(案)を作成し、予算配当と基金事業実施状況の管理を行っています。
基金事業では、行政機関や観光団体だけでなく、観光事業者に対する補助も行うことが計画されています。(詳細はこちら)
現状は白馬村観光地域づくり基金事業交付金条例(仮)とされているようですが、事業者に対する予算を配当することも計画されています。
DXベンダーに関連する補助金の動向
DXベンダーの場合、これまでの該当する事業者に対して補助金が交付される流れとは異なるケースがあります。なぜならDXに対する補助金はDXベンダーではなく、DXを実施する事業者に交付されるものであるためです。ここではその点も踏まえてDXベンダー関連しうる補助金の動向について取り上げていきましょう。
- IT導入支援事業者
先述の通り、DXに対する補助金はDXを実施する事業者に対して交付されるものが大半を占めます。しかしながらDX自体の補助金は多岐にわたるため、自社が実施するDXがどの補助金に該当するのか、あるいは補助に対するパフォーマンスを最大化できるかどうかの判断が困難になるケースがあります。
そこでIT導入支援事業者と呼ばれる生産性向上を目指す中小企業・小規模事業者等に対してITツールを導入し、補助事業を円滑に遂行するための支援を行う事業者が存在します。(詳細はこちら)
当該事業者は、ITベンダーやサービス事業者単独、あるいは法人や個人事業主で構成されたコンソーシアムが要件を特定の要件を満たすことで登録することができます。この申請は電子申請で登録可能です。
IT導入支援事業者は、生産性向上に資するITツールの登録や、適切なツールの提案・導入・アフターサポートなどを実施するほか、補助金申請に関する問い合わせや疑問などを事務局に代わって対応して補助事業推進をサポートします。
DXベンダーの場合、IT導入支援事業者を介して事業者にツール導入を提案することで、より効率化につながるでしょう。
- デジタル基盤改革支援補助金
総務省が自治体のデジタル基盤改革を支援するために設けた補助金であり、自治体システムの標準化や行政手続きのオンライン化、AI/RPA活用、行政システムのクラウドへの移行などを対象とした事業に活用できます。(詳細はこちら)
自治体への交付額は地方公共団体からの申請額のうち人口に応じた固定費と変動費の合計額から算出された基準額か、補助対象となる経費として認められる金額のいずれか低い方の1/2とされています。
これは事業者に直接交付される補助金ではないものの、この補助金からシステム開発を行うための費用が捻出され、民間の事業者が案件を受注することが期待できます。
- ディープテックに関連する補助金
ディープテックとは、技術の確立や事業化・社会実装までに長期の研究開発と大規模な資金を要し、リスクは高いものの国や世界全体で対処すべき経済社会課題(カーボンニュートラル、資源循環、経済安全保障等)の解決にも資すると考えられる革新的な技術とされています。この中にはDXと関連度が低い技術も存在するものの、AIを活用した技術などDXと密接に関係した技術も多数存在します。(詳細はこちら)
当該補助金は、「ディープテック・スタートアップ」として未上場中小企業(創業10年以内※量産化支援は15年以内、R&D投資比率約5%以上など)を対象に、NEDOの電子申請で応募でき、実用化研究開発、量産化・海外実証、一気通貫、国際共同研究特化、SBIR指定等6フェーズの支援を、公募要領で定められた補助率(概ね2/3程度)・上限額・期間(概ね1~3年)で受けられます。
本記事では詳細は割愛しますが、NEDOではこれらに取り組むスタートアップに対して、実用化研究開発(前期/後期)、量産化実証の3つのフェーズにおいて研究開発や事業化のために支援を行っています。
セクター横断の「共通キーワード」
全セクターに共通して押さえるべきキーワードは主に三つあります。
- 交付金依存→自立を想定したマネジメント
国・地方からの交付金・補助金は今後も増加するものの、持続可能な事業モデルに組み込むことが重要です。交付金を“テコ”に戦略的投資を行いつつ、自立運営に向けた段階的収益構造を構築することが最善でしょう。
- 効率化と税制インセンティブの最適な組み合わせ
効率化投資には複数の優遇策があります。
補助金・税額控除・減免措置を組み合わせることで、自己資金の投入を最小化し、ROI(投資収益率)を最大化することが期待できます。
- 事前協議などの活用による手戻りの回避
複数の税制優遇や補助金を横断的に活用するには、自治体との事前協議などが非常に重要になってきます。
申請の段取りを標準化し、要件や提出書類を共通テンプレートでまとめることで、申請ミスによる手戻りやリードタイムを大幅な削減が期待できるでしょう。
まとめ&アクションプラン
- 本稿では、人口減少やインフラ老朽化というマクロ課題のもと、製造業/観光・サービス業者/DXベンダーそれぞれに関連する地方税制の最新動向を解説しました。
- ポイントは「交付金依存→自立を想定したマネジメント」「効率化と税制インセンティブの最適な組み合わせ」「事前協議などの活用による手戻りの回避」です。その一方で、DXベンダーの場合、申請する側になる可能性もある一方で、IT導入支援事業者とも連携して、顧客が補助金を活用しながらツールを導入するよう提案する余地もあります。
- まずは、自社が該当する制度の概要を整理し、関係自治体と意見交換の場を設け、次に必要書類や要件をリスト化し、申請体制を内製またはアウトソーシングで整備。
最後に、実証プロジェクトを通じて成果指標を確認し、拡大・制度設計へフィードバックを行うサイクルを構築してください。
- 地方税を戦略的な“武器”とすることで、自社の事業革新につなげていきましょう。
参考
国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口 令和5(2023)年推計」
自治体・公共Week「インフラ老朽化問題の現状と事故事例|国土交通省の対策と自治体への支援を解説」
MM総研「業務効率化や住民サービス向けのDX投資が拡大」
観光庁「観光地域づくり法人(DMO)とは」
鶴岡市「過疎法による課税免除のお知らせ」
鶴岡市「創造と伝統のまち 鶴岡市の挑戦」
note「0170_北海道千歳で始動!ラピダス試作ラインと2ナノ半導体への挑戦~IBM連携と地方振興策が描く未来~」
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藤本光佑
アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/コンサルタント。得意分野はサステナビリティ、決済事業、エネルギーなどの事業戦略の提案や、それに伴う調査