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私立学校(小中高)における経営企画的視点導入の可能性

私立学校に経営企画的視点を導入する意義

現在、DX化の進展や国際競争力の激化により、様々な業種・業界において業務改善・経営改善が唱えられていますが、このような話題ともっとも縁のない業界の1つに学校教育が挙げられます。教育業界においても、塾・出版という分野において、ビジネス的視点は常について回りますが、公教育である学校教育においては、営利追求が目的ではないからです。したがって、学校において経営を前面に押し出すこととは違いますが、経営企画的視点を導入することで学校の良さを引き出すことはできると思われます。

その中で、今回は特に私立学校、それも公立が優位であり、差別化が行いにくい小・中・高に視点を当ててみようと思います。私立学校は、公教育の一員を担うという意味では公立学校と同じであるという側面がある一方で、民間の経営であるため、経営的視点も求められるという特殊な位置にあるのです。私立学校の持つ課題に関して考えつつ、よりその機能を引き出す方法としての経営企画的視点導入の可能性を考えてみたいと思います。

私立学校とは

私立学校の位置づけ

公立学校との共通点・相違点

私立学校とは法律上では私立学校法の管轄下に置かれ、公立に比べ運営の自主性が尊重されます。公立学校では禁止されている宗教の授業など、独自の科目を実施することができます。一方で、「小」「中」「高」として在籍者にその段階の修了認定を行うためには、公立学校と同じく学校教育法に則って制度を整える必要もあります。4年制の私立中学校や、英語を全く教えない私立高校がないのはこのためです。
このように、ある面では公立学校と同じであったとしても、決定的に異なるのは運営主体です。私立学校は民間の学校法人によって設立された学校であり、母体が国や地方自治体である公立学校とは異なります。少子化等の影響で統廃合することはあっても、学校自体が倒産することはありません。また、教職員においても、公務員という扱いになっているため、直接の雇用者は地方自治体となります。対して私立学校の場合は、運営母体が民間の学校法人ですから、経営難に陥り、最悪の場合廃校することもあるわけです。また、そこで働く教職員に関しても、民間企業で働く会社員と同じ位置付けになります。従って、後述しますが、残業代の支払いなど労働基準法の適用なども民間企業の従業員と同様の扱いになるうえで、管理も団体内で行う必要があるため、私立学校としてはこの部分に関しても留意する必要があるわけです。

少子化における競争激化・差別化

現在、日本では少子化が叫ばれていますが、実際のところ私立学校数はこの流れとは反対に微増の傾向にあります。理由は様々ですが、少子化によって1家庭当たりの子どもの数が減少した結果、1人当たりにかけられる金額が増加した分、少しでもよい教育を、という考えのもと私立の人気が高まっている可能性があります。しかしながら、先述のとおり、子ども全体の人数は減っているため、奪い合うパイは少なくなっていることは確実であり、私立学校の競争も激しくなっているといえるでしょう。

私立には経営的視点が求められる

以上のことを踏まえ、私立学校は運営の面で自律した主体であるという点、絶えず他校との競争という状況にあるという点から、経営企画的視点を取り入れるべきであると考えられます。しかし、実際のところ制度面において私立学校は公立学校と大きく異なる取り組みを行っているわけではないようです。というのも、私立学校の校長先生は、一部の名門校を除いて定年退職した公立学校の校長先生が就任するケースが多いからです。もちろん、公立出身だからダメ、というわけではなく私立としての取り組みを強化されている校長先生も多くいらっしゃいます。しかし、よくも悪くも公立のマインドを持たれており、何よりもともとご自身が教壇で生徒と接していた教員であるため、経営という視点よりも教育者としての視点が強い(もちろんこれは大切なことです)というのは仕方のないことなのではないでしょうか。
次の章ではそのような視点から、私立学校が現在抱えていると思われる主な課題を取り上げてみたいと思います。

私立学校の経営的視点における課題

では、私立学校は具体的にどのような課題を抱えていると考えられるでしょうか。代表的な例をいくつか取り上げてみたいと思います。

労務面での問題

公立同様の残業制度の採用

現在、公立学校で問題となっていることとして、残業代が払われない、ということがあります。これは「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」(以下「給特法」と記載)という法律に基づいて定められており、公立学校の教員は残業代の代わりに、調整手当として月給の4%が支給されるというものです。現在では「定額働かせ放題」とも揶揄されているこの法律ですが、4%を時間に換算すると、1か月の労働時間を160時間として、160×4%=約10時間分の残業代しか払われていないことになります。これが、教員人気が低下している理由の1つであるとして、2024年にようやく10%以上に改正すべきという方針が決定されましたが、仮に10%だとしても16時間分にしかならず、不十分であると言わざるを得ません。
ところでこの法律、実は公立の教員にしか適用されないため、私立学校の教員には適用されません。したがって、私立学校の教員は労働基準法に従い、正規の残業代を請求する権利があるわけです。または、学校が変形労働制の方式を取ることもでき、実際にそのように対応している学校もあります。しかし、依然として給特法に準ずる形が取っている学校が大多数を占めています。

教員の勤怠管理が不十分

残業代の支払い制度が整っていないということは、勤怠管理はどうなっているのか、と思われる方もいるかもしれませんが、民間企業においては当たり前とされる勤怠管理に関して、学校という現場は不十分です。2020年に実施された調査によれば、約60%の私立高校が勤怠管理をしていないもしくは自己申告制という結果が出ています。また、先述のとおり残業代の支払いが必要ですが、これも実際には行われていない場面が多いようです。 

 

リスク管理の問題

経営的視点という観点でいうとリスク管理面における問題も少なくありません。近年、教員による犯罪行為、過失行為(個人情報の流出など)や、いわゆる「モンスターペアレンツ」への対応など、学校が抱えるトラブルは様々な種類のものがありますが、仮にこういった事件や争いごとが発生した際に、民事の場合公立学校のは国家賠償法に基づいて国や地方自治体に賠償請求が行われますが、私立学校の場合は学校や教員がそのまま賠償請求されてしまいます。公立であれば国や地方自治体に守られるところを、ダイレクトに受ける形になるため、より緻密に対策を立てる必要があるのですが、実際のところあまり変わっていないようです。特に、一般企業ではお客様対応窓口、などが設置されており対策等も行われますが、学校で保護者等に対応するのは現場の先生方であり、常に授業やクラスなどの激務に追われているため、うまく対応するのが大変なのも当然です。

財務面の問題

また、教育はビジネスではない、という観点からすると、財務状況が危機的である私立学校も少なくありません。教職員への給与未払いなど経営状況に関して報道される学校があったように、経営的視点と教育的視点のバランスが崩れると、経営が苦しくなり、生徒への提供価値が下がり、その結果生徒が学校を去っていくため経営はもっと苦しくなり、やがては廃校の危機という悪循環が起こってしまうのです。

結果、優秀な人材の流出につながることも

以上のことからどのようなことが起こるでしょうか。先に述べた通り、競争状態にある私立学校では、現場の教員にも部活動の戦績や大学の合格実績など、何らかの形で「結果」を出すことが求められます。しかしながら一方では、勤怠や給与等での評価に反映されないというアンバランスが起こっているのです。そのため、評価よりも教員としてのやりがいを感じ、安定を求めるのであれば公立学校へ、より評価や競争を求めるのであれば民間企業へ、という具合に、優秀な人材であればこそ流出してしまうケースも少なくありません。このようなことが続いていくことで、各学校が力を落としてしまうという非常にもったいないことになります。
もちろん、上記で挙げたことがすべて悪いというわけではありません。何度も述べているように、教育とビジネスとは相いれない部分があることも事実であります。また、何をもって結果とするのか、いつになったら結果が出るのかがはっきりしない部分もあるため、すべてを経営的視点にすることがよいとは思いません。一方で、現行の私立学校に、ほんの少しだけ経営的視点を盛り込むだけでも、その学校が持つポテンシャルを引き出すことができるのではないかと思うのです。

学校現場に経営的視点を取り込むことで学校も教員もwin-winの状況に

以上述べた通り、大きく変革、とまではいかないとしてもほんの少しの経営的視点によって、私立学校は改善する可能性があります。以下では一例を挙げたいと思います。

工数を把握した勤怠管理の徹底・労働環境の改善

先述のとおり、教育現場においては勤怠管理が不十分であると言わざるを得ません。一方で、なぜそのようなことになるかというと、教員という業務の特性上、業務が属人化しがちであり、その業務量を把握・比較することが行われてこなかったからではないでしょうか。しかし、工数という観点を導入することで、労働環境を改善することができるのではないでしょうか。以下はその一例です。教員の仕事とは、大きく分けて以下の4つが挙げられます。

①授業

教員で授業がない人、というと管理職を除いてはいないくらいです。学校によって異なりますが、小学校であれば156時間、中・高であれば34時間程度のコマ数が一般的ではないでしょうか。

②担任または副担任(学年業務)

担任は40人以内の学級を運営する職務があります。また、副担任の先生は担任の先生をサポートします。担任は11学級ですが、副担任の先生は複数を担当することもあり、中には5クラス以上を受け持つ場合もあるようです。また、学年主任などの職務を兼務する場合もあります。

③部活動教員

もう1つのポイントといえば部活動です。特に中・高ではメインとなります。近年では「ブラック部活」などが問題視されていることもあり、外部や地域への委託が行われているところもあるようです。

④校務分掌企業

一般企業でいうところのバックオフィス部門といえるでしょうか。授業やクラス・部活とは別に、校務分掌として、何らかの部署に配属されます。例えば「教務部」では時間割の作成や成績処理の補助、「進路指導部」では生徒の進路実現に向けたサポート、「生徒指導(生活指導部)」では指導に従わない生徒へのアプローチなどです。

この他にも学校によって委員会活動などもありますが、ひとまずこの4つとしましょう。このうち、一般企業でいう場合の「工数」が可視化されている部門はどのくらいあるでしょうか。教員採用の募集要項などを参照しても、はっきり可視化されているのは「①授業」のみです。授業の場合は、1人の先生が1週間に何時間授業を受け持つかをはっきり定めることができるため、比較的計算しやすい項目となります。ほかの3つはどうでしょうか。②担任・副担任(学年業務)に関しては、例えばHR・探究活動・道徳(小・中のみ)については授業同様コマ数で計算が可能となりますが、放課後の面談やトラブル時の指導など、授業外の部分に関しては工数化が難しくなります。それ以上に難しいのが③の部活動と④の校務分掌であり、部活動に関しては近年、完全休養日を設けたり外部委託を行ったりする学校が出てきているものの、一方で土日やお正月なども熱心に活動されている先生もおり、厳密に数値化するのはかなり難しいようです。校務分掌に関しても、人によってばらつきがあり、例えば時間割を作成したり、生徒指導を行ったりする一部の先生に負担が集中する傾向にあります。昔から教員は授業・担任・部活動をやって当たり前、そして校務分掌は副業、のような見方が一般的であったため、工数という視点でとらえる向きは現在においてもほとんどないように思われます。しかし、担任業務・部活動・校務分掌に関しても、その業務内容の難易度や拘束時間を踏まえて一定の可視化された工数を算出することができるはずです。一般的に、可視化することで労働過多が発覚し、更なる人員の確保、つまりは出費を嫌う学校が多いようですが、工数を可視化することはその逆に業務の均等化や、必要ないと判断された業務の削減を行うことにつながり、全体の業務量を抑えることができるでしょう。また、工数の管理ができるようになれば、教員個人への評価も進むと思われます。教員個人への人事評価を行っている私立学校は全体の4分の1程度という結果が出ていますが、工数の管理とそれに対する結果の評価を進めることができれば、評価制度を充実させることができ、各個人のモチベーションアップへとつながるはずです。

リスクマネジメントを取り入れた法務面の解決

課題でも述べたように、公立学校と私立学校は法律上も制度が異なる部分が多数あります。残業代の問題やリスク管理の問題はその一例ですが、その部分をきちんと整理して対策を立てることが課題解決策になると思われます。例えば残業代に関しては民間企業と同様の管理システムを導入することや、リスク管理面に関しても専門部署をつくるまたはそのようなマニュアルを作成するなどすることで、教員の不安や不満を解消し、集中して本来の業務に取り組める環境を作ることができると考えます。ただし、これも現場の教員が取り組むとなると負担が増えるため、その分の人員の増加や工数の管理も必要となります。しかし、人員を増やして一時的にコストが増えるように感じられても、将来的な諸コスト(教員の退職減による採用コスト/外部との訴訟費用/マニュアル化による工数の削減など)を合わせて考えるとむしろ減らすことができる可能性は大いにあります。

財務分析によるムダの削減、本業への資金投入

財務面では一例として、現状を分析したうえでコストカットや資源の投入を行うことが求められます。コストカット、というとどうしても人員整理が頭をよぎりますが、あくまでも人員整理ではなく、無駄の削減が可能になるはずです。学校というと職人ともいうべきベテランの先生も多いことから、DX化の浸透も遅れており、いわば「紙文化」が優位の環境が多い傾向にあります。例えば、会議資料をすべてPDFにする、長期休業中の在宅勤務を推奨する、など、一般企業ではすでに推進されているような小さなことでも、改善の余地がある可能性があります。そのような営みも財務分析をすることから可能になり、ただコストカットを行うだけでなく、学校が自らの教育に必要と思える場面により資金を投入することも可能にします。

教員が力を発揮できる環境を整えて私立学校の経営改善に

経営企画的視点を取り入れることで私立学校の持つ力を引き出せる可能性として、課題と解決として考えられる例を挙げてみました。仮にこのような取り組みの元、業務内容が改善し、教員の不満を解消し、不安を払しょくすることができれば各教員の力をより引き出すことができるでしょう。公立学校と違い、教員の異動がない私立学校において、強みとなるのはその学校で力を発揮できる先生方の存在であり、先生方が授業やクラス、部活、校務分掌などの本業に自分の力をより投入する環境をつくることができれば、それが各学校の一番の強化であり、それぞれの学校が持っている本来の強みを生かした一番の経営改善であると考えられます。

おわりに

本稿では、普段あまり経営的視点で着目されない私立学校、それも小・中・高に焦点を当てて取り上げました。日々学校という現場で真摯に対応されている先生方に対して、少しでも業務改善と効率化のヒントになればという思いで書いてみました。ぜひ、弊社の他のブログも合わせてお読みください。また、ご相談等ございましたら、お気軽に弊社までお問い合わせください。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

 

【参考】

文部科学省「教育基本法」

文部科学省「学校教育法」

文部科学省「私立学校法」

文部科学省「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」

文部科学省「私立学校・学校法人の労務管理」

文部科学省「学校基本調査」

日本私立学校振興・共済事業団「私立高等学校の教育改革と経営改善方策に関するアンケート」報告

私学教員ユニオン「私学教員のよくある労働問題」

 

畑中 祐樹

アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/コンサルタント