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2024.05.27

業界トレンド分析の手順~経営課題を基にしたトレンド分析事例~

【経営企画において業界トレンド分析が求められる背景】

 近年、生成AIの登場に代表されるように、デジタルテクノロジーは日進月歩で発展しており、社会に対して、目まぐるしい変化をもたらしています。そのような状況下において、企業にはそれらを活用して顧客へのサービスや自社のビジネスの仕組みを変革することが求められています。変革を実行するにあたっては業界における顧客ニーズの変化やテクノロジーの進化などといったなど業界トレンドを把握した上でそれらを経営戦略や事業計画に反映していく必要があります。各業界のトレンドについては、有識者のインタビューや市場レポートなどから情報を得ることができますが、実際にそれらを経営戦略などに落とし込んでいく場合には、情報の確からしさについて検証した上で活用していくことが重要です。

一方で、自社で業界トレンドを検証するにも、どのような情報をどのような媒体から収集し、調査を進めていくべきか分からない方も多いかと思います。

そこで本記事では、当社が実際にご支援した事例を題材に業界トレンド分析の進め方を説明していきます。

 本記事の構成としては、まず解説する事例において、どのように目的で業界トレンド分析を行ったのか、事例の概要についてご説明した後、実際にどのように分析を行ったのかについて説明していきます。

 業界トレンドを把握することは経営企画などの全社的な経営戦略を立てる上でも有用な分析と考えておりますので興味のある方は一読いただければと思います。

 

【本事例の概要】

 IT企業の営業部門に対して、営業における提案の品質を均質化させるため、提案に向けたインプット情報として業界トレンド分析を実施した事例について紹介していきます。

 まずは前提情報として、事例の背景をご理解いただくために、弊社がご支援した事例において、そもそもどのような営業スタイルをとっていたのかについて説明した後、抱えていた課題感および業界トレンド分析を実施した目的について述べていきます。

 

<一般的な営業スタイル>

一般的に営業には下記の4つのスタイルがあると言われています。本事例では、④の営業スタイルをとっており、顧客の潜在ニーズを掘り起こし、それに対して自社のサービス・ソリューションの提案を行っていました。

 ①御用聞き型

  顧客が求めている製品・サービスを素早く、正確に応える

 ②提案型

  競合他社より優れている点を説明する形で製品・サービスを提案する

 ③問題解決型

  顧客が認識している課題(顕在ニーズ)に対する、解決策を提示する

 ④啓発型

  顧客のまだ気づいていない課題(潜在ニーズ)を提案し、解決策を提示する

 

 

<本事例における課題感および業界トレンド分析を実施した目的>

 先述した啓発型の営業スタイルで顧客への提案を行っていくにあたり、主に下記3つのステップを実施していました。

 ①課題ヒアリング

  顧客企業の担当者に対してヒアリングを実施し、現在企業で抱えている課題について整理および特定する。

 ②To-Be像の定義、ロードマップ作成

  上記ステップで得た課題感を基に、それらを解決するためには、組織やシステムなどがどのようにあるべきかを定義し、その実現に向けた手順を示す。

 ③ソリューション提案

  -上記を実現するにあたっての具体的なソリューションの提案を行う。

 

 

 啓発型の営業を行っていくには、上記3つのステップのうち、①課題ヒアリングのステップにおいて顧客がまだ自覚していないが、取り組む必要がある課題をいかに引き出すかがポイントとなってきます。一方で課題ヒアリングについては各営業担当者のヒアリングスキルや業界知識によってその成否が大きく左右されるため、均質化していくことが課題となっていました。そのような課題解決に向けて、各営業担当者が下記の用途で活用する目的で業界トレンド分析を実施しました。

①顧客に対して課題ヒアリングを行う際のディスカッションペーパー

②業界に関するインプット資料

尚、本事例では業界トレンドについては顧客のニーズ・変化に対して、各企業が掲げている経営課題の方向性と定義しました。

 

【事例の詳細】

<アプローチ方法>

 本章からはご紹介する事例の詳細について説明していきます。

業界トレンド分析は、その業界におけるリーディング企業が共通で掲げている経営課題が顧客のニーズや業界の企業において求められる変革などに関する捉えるべきトレンドとして、それらに関する情報収集を行う形で分析を実施しました。分析を実施するにあたっては、下記4つのステップで行いました。それぞれのステップで実施した内容の詳細については以降で述べていきます。

 ①リーディング企業の抽出

 ②リーディング企業の経営課題の洗い出し

 ③業界における経営課題整理

 ④各経営課題におけるシナリオ予測

 

<各ステップの詳細>

[①リーディング企業の抽出]

 まず、分析の対象となる企業の抽出を行いました。抽出するにあたって、日本経済新聞社が公開している各業界における上場企業の売上高ランキングを基に、上位10社をピックアップする形で対象企業を抽出しました。本事例では売上高の観点から対象の抽出を行いましたが、より先進的なトレンドについて把握したい場合には、売上高の年平均成長率の観点を用いたり、業界内でも特定のセグメントにおけるトレンドを把握したい場合には、業界をさらにセグメント分けした際の売上高ランキングを参照したり、対象企業を抽出する基準によって様々な角度から業界トレンドについて分析することが可能です。

 

[②リーディング企業の経営課題に関する情報収集]

 続いて、①のステップで抽出したリーディング企業が実施している経営課題について、下記の公開資料を参照する形で情報収集を行いました。

  1.  決算説明資料
  2.  有価証券報告書
  3.  統合報告書
  4.  中期経営計画書

 下記にリーディング企業の経営課題に関するどのような情報を収集し、そしてそれらの情報をどのように一覧化したのかについて、小売業界での分析例を基にそのイメージを示しています。各リーディング企業が経営課題として挙げている項目を一覧化し、類似する項目に関してはカテゴリ分けを行っているほか、どの企業が経営課題として挙げているのかについてもまとめる形で情報収集を行いました。

 

 

[③業界における経営課題整理]

 次に②のステップで収集した経営課題の整理を行いました。具体的には下記2つの観点から各経営課題について評価しました。

 A.売上・利益への影響

  経営課題の解決によってもたらされる経済的な影響を評価しました。具体的には各経営課題と関係する市場規模を試算もしくは市場レポートより情報収集を行い、予想される経済的影響を推計しました。

  例)小売業界のリーディング企業の経営課題として挙がっている「プライベートブランド商品の開発」については市場レポートより2.84兆円規模に達すると予想されているため、推定市場規模を売上・利益への影響として評価

 B.重要性

  ②で収集した各経営課題の重要性については、より多くの企業が課題として挙げている項目が業界において重要性の高い経営課題であるとの仮説の下、評価を行いました。そのため、各経営課題を課題としているリーディング企業の数によって評価を実施しました。

 

 

上記2つの観点から評価した各経営課題をマトリクス上にプロットする形で最終的に整理を行い、業界における経営課題については大きく下記4つにタイプ分けを行いました。

  • 重要戦略トレンド(売上・利益への影響:大、業界における重要性:大)
    -多くの企業が課題として挙げている、解決することによって売上・利益への大きな影響が期待できる経営課題
  • 先進戦略トレンド(売上・利益への影響:大、業界における重要性:小)
    -業界におけるリーダー企業や先進企業のみが課題として挙げている、解決することによって売上・利益への大きな影響が期待できる経営課題
  • 重要社会トレンド(売上・利益への影響:小、業界における重要性:大)
    -売上・利益への影響は大きくないが、社会やステークホルダー等から対応が強く求められている経営課題
  • 先進社会トレンド(売上・利益への影響:小、業界における重要性:小)
    -現在は先進企業が中心に取り組んでおり、将来的には社会やステークホルダーから対応が求められると予想される経営課題

 

 

 これより、当社が行った小売業界に対する分析例についてご紹介します。まず、小売業界では、顧客ニーズに合わせた商品開発、購買における利便性向上が重要かつ、売上・利益への影響が大きいトレンドとして挙がりました。

顧客ニーズに合わせた商品開発については、顧客ニーズを正確な把握に向けた課題を挙げている企業が多く、トレンドの方向性としては下記3つが挙げられました。

  1. 顧客行動データの収集手段の開発・拡充:モバイルアプリの開発・機能拡張など
  2. 収集したデータを統合して分析するための基盤構築:統合プラットフォームの構築、ブロックチェーン技術の導入)
  3. 収集したデータ分析にあたってのAI(機械学習など)の導入

購買における利便性向上については、顧客体験向上に向け、主に下記2つについて課題として挙げている企業が多い傾向が見られました。

  1. 先進技術の導入(AI・ロボットによる店舗案内、無人決済システムの導入、バーチャル店舗構築など)
  2. 新たな顧客体験を創出する仕組み(BOPISの導入など)

 

その他に多くの企業が経営課題として挙げており、業界トレンドとしておさえておくべき項目としては、顧客ニーズに応える商品開発、サプライチェーンの、ESG経営の推進が挙げられます。

 顧客のニーズに応える商品開発については、顧客のニーズを正確に汲み取るため、顧客行動データを収集範囲の拡大やそれらを分析するためのIT基盤の構築を課題としている企業が複数見受けられました。
 購買における利便性向上については、主に消費者がECサイトで購入した商品を様々な手段で受け取ることができるよう、様々なサービスを展開しているものから、実店舗における購買において、目当ての商品の場所を案内する等、接客の自動化を進めている企業が多い状況でした。
 ESG経営については、昨今の社会情勢を受けて、事業活動におけるGHG排出量の削減に向けた課題を挙げている企業が多く見受けられました。小売業界特有の課題としては、フードロスの削減とリサイクル・リユースの促進による資源循環の促進がありました。

 

 

[④各経営課題におけるシナリオ予測]

 最終的には経営課題カテゴリごとに今後どのようなシナリオが予想されるかについて分析を行いました。具体的には経営課題の解決に必要な技術を整理し、それらの実現可能時期を基に直近、5年以内、5年以後のタイムスパンでどのような対応が企業に求められるのかについて分析を行いました。

 以下に「顧客ニーズに応える商品開発」の経営課題に対して行った分析結果について説明していきます。

まず、直近では既に市場にて展開されているIoT技術やモバイルアプリにおけるトラッキング技術などにより自社で収集した顧客属性、購買履歴などの静的な顧客データを基にした分析を行うことで主に購買履歴から推測される顧客の趣味・嗜好を満たす商品提供することが求められています。5年以内には、クラウドセキュリティの高度化や分散型ネットワークの発展により、顧客データの企業間での連携が可能になるほか、コンピュータビジョンが実用化されていくことによって画像・映像などの動的な顧客データを用いた分析が可能になると予想されます。5年以後には、量子コンピュータやより精度の高い機械学習・生成AIモデルが開発されることによって大規模データに対する高度な分析が可能となり、「あったらいい」と思う商品をタイムリーに手に入れることが可能となることが予想されます。

 

 

【まとめ】

本記事では、業界トレンド分析の実際の進め方について弊社がリーディング企業の経営課題の観点から分析を行った事例を参考にしながら説明してきました。企業の経営者、また経営企画を担当されている方にとって参考になりましたら幸いです。

また、弊社では、企業様の経営企画をご支援するサービスを提供しております。「中期経営計画の作り方」「経営判断に資する情報集約の方法」などでお悩みでしたら、是非とも一度お問い合わせください。

 

【参考文献】

 

安田 武蔵

アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/コンサルタント