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ビジネスホテルの分析およびあるべき姿の検討

デジタル化の進行

近年、デジタル技術の進展やグローバライゼーション、デジタルネイティブ世代の拡大などに伴い、あらゆる産業・業界において業務やサービスのデジタル化が進められています。

例えば、製造業においては生産拠点にAIを活用したIoT機器を導入し、設備の稼働状況や作業員の動きを見える化するケースが増加しており、小売業界においてもAI等を用いた最適な在庫管理などを行っている企業も増加傾向にあります。

そんな中、ビジネスホテル業界においても、新型コロナウイルスの水際対策の緩和によるインバウンドの増加や国内旅行者の増加傾向により、デジタル化による差別化や競争優位性の獲得が目下の課題とされています。

本稿では、そんなビジネスホテル業界に焦点を当て、未来のビジネスホテルのあるべき姿を検討しました。

新規事業の検討や、ホテル業界で働かれている方にとって少しでも役に立つ情報となれば幸いです。

 

ビジネスホテルの課題

まずは、現在、日本の大手ビジネスホテルチェーンがどのような取り組みをしており、どのような課題を抱えているのかを調査を実施した結果、デジタル化や新サービスの提供などによる差別化を図る動きが活発化していますが、各社、様々な課題も抱えていることもわかりました。

今回は「アパホテル」、「東横イン」、「スーパーホテル」を例として、取組みや課題について簡単にまとめました。

 

アパホテル

アパホテルは1988年からホテル業を開始。「洗練された品質、高い機能性、そして環境に対応した空間」をコンセプトとして、出張機会の多いビジネスパーソンをターゲットにしており、現在までに国内に421店舗、海外にも40店舗を展開しております。

近年ではデジタル化の一環として、自社公式アプリと連携した簡単チェックイン機器の導入を行っており、ターゲット顧客であり11秒を無駄にしたくないビジネスマンからのニーズを高めています。

ただし、店舗により内装やサービス品質が大きく異なることに課題を抱えており、対策を模索している状況となっております。

 

東横イン

東横インは1986年からホテルチェーンとして事業を開始。創業以来、「清潔・安心・値ごろ感」をコンセプトに、30代後半から50代のビジネスパーソンをターゲットにしており、現在までに国内外に300店舗以上を展開しております。

近年では、宿泊時のオプションとして、睡眠の質を上げるグッズや美容器具を提供するサービスを展開することで、顧客満足度の向上を図っています。

しかし、スーパーホテルなどの睡眠の質に注力している競合と比較して、十分な満足度を得られていない状況にあり、対策を模索している状況です。

 

スーパーホテル

スーパーホテルは1996年から簡易宿泊型ホテルとして事業を開始しており、現在までに全国171店舗にまで拡大。顧客に良質な睡眠体験を提供することをコンセプトに、睡眠データから独自の研究を行うことで快眠を紐解き、防音設備や寝具より「ぐっすり眠れる環境づくり」を徹底してきております。

これらの取組は高く評価されており、J.D.パワーの主催する「ホテル宿泊客満足度ランキング<エコノミーホテル部門>」において2023年まで9年連続NO.1を獲得しています。

また、2018年頃よりリブランディングに取り組み始め、新コンセプト「Natural Organic Smart」を掲げ、それまでの4050代男性を中心としたビジネス利用客に加え、女性客やZ世代と呼ばれる若年層にまでターゲットの拡大を考えているようです。近年ではInstagramをはじめとするSNSによる情報発信や、一部の店舗にてTVアニメキャラクターとのコラボを実施するなど、新たなリピーター獲得に向け精力的に施策を打っています。

しかし、リゾートホテルなどでSNSやキャラクターコラボなどの取組は多く存在し常態化していることから、ターゲットの拡大には中々結びついていません。

 

このように、各社様々な施策を打ってはいるものの、根本的な解決に至っていないのが現状となっています。では、どのようなビジネスモデルを作り上げることで解決策となり得るのか、検討方法と併せてご紹介します。

 

ビジネスモデルの検討方法

未来のビジネスモデルを検討する上で重要なことは、あるべき姿を明確にすることになります。ターゲットとなる顧客層がどのようなサービスを求めているのか、今後求める可能性が高いのかを把握し、それに合わせてビジネスのあるべき姿を検討します。

検討フローとしては主に以下のステップを踏みビジネスモデルに落とし込んでいくことが主流となります。

  1. 業界/事業に影響を与え得る重要な因子を外部環境分析により特定する(各因子の重要度は影響度、不確実性により評価)
  2. 特定した重要因子を基に、実現性の有無から未来シナリオを作成する
  3. 未来シナリオから理想的な顧客体験を描き、それを実現するための理想的なバリューチェーンを検討する
  4. あるべき姿をサービス案として整理し、具体的なビジネスモデルに落とし込む

また、未来のサービス案を検討する上で、多くの場合は今後の消費者トレンドなどの情報を用います。消費者トレンドについては、デスクリサーチなどによる公開情報を用いる場合や、アンケート調査などにより消費者トレンドを把握します。

それでは、次章から具体的にどのようなサービスを提供するべきかを見ていきましょう。

 

ビジネスホテルのあるべき姿を検討

今回は2つの方法で、ビジネスホテルのあるべき姿(サービス案)を検討しました

  • 消費者トレンドを基に今後ニーズが高まる可能性の高いサービスを検討
  • カスタマージャーニーを基にターゲット層に刺さるサービスを検討

 

消費者トレンドを用いたビジネスモデル検討

前章にて述べた通り、まずは今後の消費者トレンドを基にサービス案を検討しました。

本稿では、日経BPの公開している「消費トレンド2040市場予測・ロードマップ」を用いて、2040年までに勃興が予測される消費者トレンドを洗い出しました。

今回は、15あるトレンドの内、ウェルネス、フーディング、マルチコミュニティにフォーカスを当ててサービスを検討してみました。


ウェルネスにおいては、「ウェルネスツーリズムのパッケージ販売」と「完全レコメンドホテル」の2つのサービス案を検討しました。

1つ目のウェルネスツーリズムのパッケージ販売は、ウェルネスを求める旅行者に対する旅行会社によるパッケージツアーになります。旅行会社のパッケージツアーの一部として、客室のアメニティなどが豊富で、良質な睡眠をとるための環境が整ったビジネスホテルを提供するサービスとなります。近年、世界的にウェルネスツアーへの注目が高まっており、スリープツーリズムという「睡眠体験」を提供するホテルが国内においても増加傾向にあるため、利用客の増加が期待できる施策になると考えております。

2つ目の完全レコメンドホテルは、睡眠に関する嗜好や悩みをアプリに登録することで宿泊ごとに最適な部屋を提供するとともに、寝具・寝装メーカーとの提携により、宿泊者に対してパーソナライズ化された寝具・寝装を提供するサービスとなっています。睡眠の質を向上させるために寝具などに拘っている人が一定数存在する一方で、自身に合う寝具を揃えられていないという人も存在しているため、睡眠環境がパーソナライズされたサービスの需要はあると考えられます。

 

次に、フーディング領域のサービスとして「地産地消を弁当で味わう」ことが可能なサービス案を検討しました。出張のビジネスマンや、外国人観光客向けに、地元の食材を用いた弁当を提供するサービスとなります。近年、サステナビリティの普及により、フードロスが問題視されており、消費者においてもフードロスを意識している人が増加しているとともに、外国人観光客やビジネスパーソンにおいてはお弁当を食べる機会が多く、宿泊場所でお弁当を受け取れるサービスの需要が高いと考えられます。

また、マルチコミュニティ領域においては、「時間が買えるホテル」を検討しました。夜間や昼間に限らず、好きな時にホテルを利用したい人向けに、「チェックイン~チェックアウトまでの滞在時間」を予め購入する形式で客室を提供するサービスとなります。近年、テレワーク等の増加により、多拠点で生活をしている人が増加しており、「低価格」や「利便性」といった理由からマンスリーホテルやデイユースが利用されている傾向にあります。日数単位ではなく時間単位にすることにより、利用者ごとに最適化された料金になることで、よりニーズが充足されると考えられます。

 

カスタマージャーニーを用いたビジネスモデルの検討

消費者トレンドを用いる手法とは異なるアプローチとして、カスタマージャーニーを用いたサービス案の検討も行いましたので、ご紹介します。

既存顧客に対する新規サービスではなく、新たな顧客層を獲得するために新規サービスを検討する場合は、カスタマージャーニーを用いることが有用です。

カスタマージャーニーにおいて新たにターゲットとする顧客層の行動を確認することで、どのようなサービスを求める傾向にあるかを把握することができます。

今回は新たなターゲット層として、トレンドの発信源ともいわれているZ世代を設定し、サービス案を検討してみました。

 

ビジネスホテルのカスタマージャーニーは、大きく「宿泊前」と「宿泊中」に分けられますので、まずは宿泊前におけるサービス案を検討しました。

宿泊前のカスタマージャーニーを更に分解すると、「宿泊施設の検索」、「旅行工程の計画」、「宿泊予約」に分けられ、それぞれのフェーズにおいてZ世代がどのような行動をとっているかを分析します。

その分析結果を踏まえて、どのようなサービスを求めているかを検討するというステップとなります。

Z世代の「宿泊施設の検索」における行動としては、Instagramを活用することが主流となっており、興味のある場所や施設についてお気に入り登録を行い保存することが分かりました。

また、「旅行工程の計画」については、口コミやレビューを参考にするとともに、ツアーなどよりも自身で旅行工程を計画することが多く、ある程度決められた中で、自身に合った工程を組む傾向にあることが分かりました。

これらの情報を複合したサービス案として、「旅行工程の自動算出」を検討しました。顧客がInstagramにてお気に入り登録した場所や施設の情報を基に、アプリにて旅行の工程を自動で算出するサービスとなります。場所や日程、を入力すると、表や地図の形式で最適なルートを提案するため、旅行工程を計画する上での手助けとなると思われます。

また、「宿泊予約」におけるサービス案としては、「施設・交通手段のレコメンド」を検討しました。旅行者が旅行をする際に最も多いミスは、「航空券や宿の手配ミス」であり、全体の40%も存在すると言われています。そのため、「施設・交通手段のレコメンド」サービスによって、旅行工程を計画すると同時に航空券や宿泊先も予約可能となることで、手配ミスなどの発生を低減可能と考えられます。

  

 

次に、宿泊中におけるサービスを検討しましたので、ご紹介させていただきます。

宿泊中のカスタマージャーニーを更に分解すると、「チェックイン/チェックアウト」、「宿泊」に分けられます。

チェックイン/チェックアウトにおけるサービス案としては、ゲストルームにてチェックイン/チェックアウトの手続きが可能なサービスです。事前にメールにてゲストルームの鍵(暗証番号など)を送信しており、利用者はホテルに到着したら直接ゲストルームに入室することができるとともに、チェックイン/チェックアウト手続きは、備え付けのタブレットなどで簡単に完了できるため、フロントでの面倒な紙での手続きなどが不要となります。

最後に、宿泊におけるサービス案としては、隣接するゲストルームを連結可能なコネクティングルームサービスになります。従来、ビジネスホテルでは基本的に少人数に対応した部屋を提供しているため、顧客層が限定的となっておりました。しかし、今回検討したコネクティングルームによりファミリーやグループなどの大人数への対応も可能となることで、幅広い顧客層へ訴求することができます。利用者としては、部屋がつながることによりを広々と使えるだけでなく、廊下に出る必要がないため、部屋着・ノーメイク・スリッパのまま部屋を行き来することが可能となるとともに、寝るときやトイレ、風呂などは別々に利用することも可能であるため、適度にプライベートを保つことも可能であるため、自身に合った形で利用することができます。

 

以上のように、2つのアプローチにてサービス案を検討しましたが、全てを実施することで、収益の向上や新規顧客開拓につながる訳ではありません。

今回挙げさせていただいたサービスは、あくまでも初期的な案を検討したに過ぎず、実際に施策として打っていくためには、各企業のコンセプトやケイパビリティ、各サービスの費用対効果などを含めた、具体的な新規事業戦略の検討が必須となります。

 

おわりに

本稿では新型コロナウイルスによる規制の緩和に伴うインバウンドの増加などが騒がれていることもあり、ビジネスホテルにフォーカスして事業案を検討しましたが、どの業界においても、あるべき姿や新規サービスを検討するフローは基本的に同様となります。

改めてですが、新規事業の検討に頭を悩ませている方や、新たなターゲット層の獲得を検討されている方にとって、少しでも役に立つ情報となれば幸いです。

また、弊社では、業界・業種問わず新規事業戦略立案やマーケティング支援など幅広くご支援をさせて頂いておりますので、お悩みなどございましたら、是非ともお問い合わせください。

 

 

【参考】

笠川 和哉

アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/コンサルタント