2020年3月より5Gの商用化が開始しました。5Gの商用化によって、様々な技術の進化・発展が現実的なものとなっていますが、中でも遠隔操作技術はその提供価値を大きく転換させるに至っています。
遠隔操作技術というと、最新技術のイメージを持たれるかと思いますが、その歴史は今に始まったものではなく、発端を辿ると、危険性の高い核燃料の取り扱いを目的として開発された背景があります。つまり、その提供価値は「安全性の確保」であり、人間の作業を代替するわけでも、人間では能力的に不可能な特別なことをしていたわけでもありませんでした。
しかし5Gの商用化により、遠隔操作技術の提供価値は、人間の作業の代替、また人間では能力的に不可能な作業を担う方向性へと向かってきています。
また、遠隔操作技術は、経済産業省の「産業技術ビジョン2020」でも取り扱われており、官民が協調して発展に力を入れていく展望が掲げられており、その提供価値はさらに拡張していくことも予期されます。
本稿では、遠隔操作技術の提供する価値の転換に至った背景と実例を交えた有用性を解説いたしますので、ご参考になれば幸いです。
遠隔操作技術は製造現場などで従来から活用されていましたが、その提供価値は先述の通り「安全性の確保」が主眼であり、遠隔から操作できることに価値がありました。とはいえ、時代が進むに連れてより効率的な製造が求められるようになり、作業現場の省人化を目的として遠隔操作技術を活用する動きも次第に増えましたが、ある課題によって実現には至りませんでした。その課題こそが「無線通信の限界」です。
4G規格までの無線通信システムではその精度やレスポンス速度が求められる水準に達していませんでした。当然、あるレベルまでの操作は可能なのですが、精密医療現場や、よりスピーディーな操作が必要な製造現場における作業を代替し、人間では能力的に不可能な作業を行うことはできず、一種頭打ちの状態となっていました。
しかし、2020年3月から商用化の開始した5G規格によって、これまで内包していた課題をブレイクスルーし、その提供価値が大幅に転換するきっかけとなったのです。
ご存知のように5G規格はこれまでの4G規格と比較しても大幅に改善がなされています。
これら全てが、これまで遠隔操作技術の抱えていた課題を解決し、従来の産業への提供価値を増大させるとともに、新たな産業での活用機会も創出しています。
遠隔操作技術が、元々は核燃料の取り扱い(=安全性の確保)を目的としていたことは先述した通りです。現在も、コロナ禍における非接触・非対面での価値提供といった面で「安全性の確保」を目的とした活用がされていますが、無線通信システムの発展によりさらに大きな社会課題である、少子高齢化に対しても有用性を発揮するようになっています。
日本では1990年代後半より、少子高齢化が進んでおり、国内労働力の不足は喫緊の課題となっています。
国内労働力の不足に対しては、いくつかのアプローチが考えられます。
そのうち遠隔操作技術は「作業の省人化」「潜在労働力の活用」の2つの方向性から、国内労働力の不足の解消に資する働きを見せています。
先述の通り4G環境では実現困難であった遠隔操作技術を基にした作業の代替や、作業の高度化はAIと組み合わせることにより、実現を図ろうとする動きが見られています。
作業の省人化の仕組みとしては、特定の作業者が遠隔操作によってロボットを操作しているデータを蓄積し、AIに機械学習させることで精度の高い操作を自律で行えるようにすることが可能であり、これにより作業の省人化が可能となります。
特に専門性の高い製造現場や医療現場などでは、施工・施術が属人化する傾向が高く、従来より労働力の不足が課題でしたが、遠隔操作技術×AIによって、人を雇わずとも同等の成果を出すことが出来ます。
また、遠隔操作技術とAIを組み合わせる事による有用性は省人化だけに留まらず、作業の高度化にも及ぶ可能性が高いです。
例えば精密医療の現場では、精度の高い施術を毎回同じように繰り返す繊細さが求められます。しかし、人間である限り、施術者の体調や心情によって施術のクオリティは左右されかねないのですが、ロボットであればそういった変数によって左右されることなく、毎回同じ操作を淡々と繰り返すことが可能です。
現在では、熟練の作業者の操作データをそのまま記録し、ロボットが完全再現することも技術的には可能な段階まで進んでおり、今後は作業の高度化に発展し、人間には能力的に不可能な作業を代替する可能性が非常に高いです。
国内では未だ、潜在的な労働力が活用されていません。近年では高齢者の雇用機会増加に向けた動きもありますが、障がい者の雇用機会はまだまだ多くありません。
障がい者の雇用機会を創出することは、国内労働力の増加に加え、障がい者の方々の就労支援という観点でも大きな意味を持ちます。
近年では遠隔操作ロボットを通じて、障がい者の方が接客業に従事することを可能とする取り組みもあり、今後も遠隔からの障がい者就労の幅は広がっていくと思われます。
これも、遠隔操作技術のもたらす新たな提供価値であり、障がい者の方が対応の難しい作業を代替することによって生まれている価値と言えます。
大成建設×ソフトバンクによって、「作業の省人化」を目的とした細胞培養実証実験が行われ、実際に「作業の省人化」かつ「作業の高度化」に資する成果が得られています。
近年特に需要の高まっている再生医療では多くの場合、「細胞培養」(生物から、細胞や組織を抽出し、増殖させる作業)という工程が必要となります。しかし、再生医療の現場では従来より、細胞培養工程の1つであるピペット作業においていくつかの課題を抱えていました。
これらの課題解決に向けたアプローチとして、ロボットアームの遠隔操作技術の活用に目が向けられ実証実験へと致しました。実証実験では、東京⇔大阪間でのリアルタイム遠隔操作を実施し、以下の結果が得られました。
2019年には、一部作業でAIを活用することによる操作の自律化を既に実現しており、「作業の省人化」に寄与することが確認されています。さらに、今回の実証実験で確認した高精度な遠隔操作データの記録・蓄積によって、操作の完全再現への展望も見え、「作業の高度化」も目前に迫っています。
ロボットベンチャー企業である、オリィ研究所では「OriHime」と呼ばれる分身ロボットの開発を手掛けています。分身ロボットとは、遠隔からでもシームレスな対話やコミュニケーションを可能とするロボットを指しますが、このロボットを活用して、障がい者の就労支援をコンセプトとしたカフェを開業しています。
このカフェでは「OriHime」と「OriHime-D」と呼ばれるより人型に近いロボットを活用することで、障がい者の方でも遠隔からのオーダーの取得や配膳を可能にしています。ロボットの操作には、障がいを考慮して目のわずかな動きを検知してパソコンを操作する視線入力装置を活用しているようです。
この取り組みは、2021年度のグッドデザイン賞大賞を受賞しており、障がい者の方の社会参加という観点でも大きな影響を与えており、今後の遠隔操作を用いた雇用機会創出の足がかりとなる取り組みと言えます。
本稿では、遠隔操作技術のもたらす提供価値の転換とその有用性について取り扱いました。
日本の大きな社会課題である少子高齢化によって喫緊の課題となっている、労働力の低下を解決する可能性があり、今後も幅広い活用機会が模索されていくことが予想されます。
特にビックデータを用いたAI化が迫っている社会においては、遠隔から操作することで効率的にデータを記録・蓄積できることは非常に有用性が高く、あらゆる産業での活用が期待されます。
本稿を通して、遠隔操作技術の現状と活用機会について皆様に資するものがあれば幸いです。
【参考】
アーツアンドクラフツ Consulting & Solution事業部/アナリスト
2020年早稲田大学文化構想学部卒業。ITコンサルティング分野において、CRM/SFAシステム導入支援の実績を保有。