今期の振り返り -ブランド事業部
本日は6月最終日、当社にとっては今期の期末日でもあります。
今期は非常に厳しい試練の年でした。しかし、期末には新たな希望も見えるなど、振り返ってみれば、試練というよりむしろ節目という言葉が相応しい年だったのかもしれません。ここで、それぞれの事業部の一年を考えてみましょう。今回は、まずブランド事業部についてです。
ここ数年続く地金の高騰は、ithというブランドに構造レベルでの変革を迫ってきています。特に、為替の影響も加味した国内の金価格はこの3年で実に倍増。それは、原価が倍になるという、ブランド運営において決定的なインパクトをもたらしました。もともと他ブランドに比べてゴールドデザインが豊富なithにとって、まさに大きな転機を迎えていると言えます。
原材料費が上がることへの企業の対応としては、一般的に三つあります。
1)値上げする
ここ数年、業界各社も値上げを実行してきましたが、原価が倍になったからといって、売値をそのまま二倍にできるはずがありません。常に、顧客の気持ちに寄り添った“適正価格”を探っていく姿勢が求められます。
2)原材料を減らす
ジュエリー業界でよく見られるのは、いわゆる裏抜き──見えない部分の地金をさりげなく減らす、といった手法です。ただ、ithはオーダーメイドブランド。お客様と一緒に細部まで仕様を決めていく以上、そうしたことは到底できません。
3)固定費を減らす
お客様に届ける商品の価値を落とさないためには、固定費(家賃や販促費といった、毎月必ず発生する経費)の見直しが不可欠になります。
私たちが今期に採ったのは、まさにこの「3」でした。
中でも、もっとも象徴的だったのは、新宿アトリエからの撤退です。
私たちは、お客様の一生物に携わるブランドです。そこには、お客様のおもいに応える、私たちのコダワリが詰まっていなければ成り立ちません。
しかし、ブランドを長く続けるうちに、いつしかお客様のおもいから乖離した、一人よがりなコダワリが少しずつ増えていたのかもしれません。
たとえば、「あの素敵な場所に、ithのフラッグシップとなるアトリエを」とか、「フラッグシップにふさわしい内装を」といったように、新宿アトリエにはそんな私のおもいが詰まっていました。それに伴い、「もっと素敵なカタログを」「もっと素敵な記念品を」と、ブランドがどんどん華美になっていったように思います。
けれど、それは本当に、吉祥寺の路地裏からはじまった私たちにとって必要なコダワリだったのでしょうか。そして、お客様はそれを本当に求めていたのでしょうか。
ほかにも、たとえば今回は出張費を見つめ直しました。全国に広がるアトリエから、頻繁につくり手を集めて行っていた研修や会議は、本当に必要だったのか?
土日の接客と月曜の発注でへとへとになった中、その足で火水に東京へ呼び出すくらいなら、いっそゆっくり休んでもらった方が、次の週末にお客様をお迎えするうえでも、よかったのではないか。
そんなふうに、ひとつずつ、私たちはコストを見直していきました。
その結果、原価が倍増するという未曾有の危機においても、お客様への価値を損なうことなく、ブランドとしてサステナブルな状態を保つことができたと考えています。
いま私が考えているのは、ithが大切にしなければならないのは「成長」ではなく、「充実」であるという発想の転換です。
そのために、今期初から再開していた出店計画を全面的に凍結し、地金の高騰に対応したコスト体制への転換を図りました。明日から始まる来期以降も、私たちが向き合うべきは、規模の拡大ではなく、お客様の満足につながる“質の充実”であると考えています。
そして、そのために最も変わらなければならなかったのは、他ならぬ私自身だったと、いま改めて反省しています。
ちなみに、本日6月30日はアーツアンドクラフツの設立日でもあります。この節目に、高橋ブランド代表の「たくさんよりも、ひとつをたいせつに」というおもいに立ち返り、みんなと一緒に、ブランドの“充実”を目指していきたいと誓います。
「ともに、つくる」は主にインナーコミュニケーションを目的とした社長ブログです。

宮﨑晋之介
アーツアンドクラフツ代表取締役社長。考えるよりも動く現場主義。創業以来一貫して事業の最前線に立ち様々なパートナーと価値をつくりあげる。