過去のプロジェクトにおいて食糧安全保障に寄与する事を目的とした農業に関する調査と新規事業提案をさせていただきました。
本稿では、上記プロジェクトにおいて、弊社がクライアントに対して最適な提案をさせていただくまでにどのような調査・手法・考え方で取り組んでいるのかをご紹介させていただきます。
特に農業の課題・現状や、新規事業を絞りこむうえでの視点・方法、また「稼げる農業」を目指すための重要な要素とは何かについて、新規事業提案に至るまでのプロセスとともに述べていきたいと思います。
今回のプロジェクトにおいては、まず農業の課題について論点設計をした上で網羅的に洗い出し、それらの構造を整理した上で対処すべき課題の優先度付けを行いました。
次に課題に対してニーズを把握し、最後にそれらのニーズを基にソリューションを検討することで、新規事業の提案まで至りました。
これらのプロセスをしっかりと紐づけることで根拠を持った内容となり、クライアントにとって最適な提案ができたと考えております。
全体像について以下に示しました。
以降それぞれ具体的にどのようなアプローチ・着眼点を基に事業提案まで進んでいったのか触れていきます。
事業提案をするにあたり、そもそもどんな課題があるのか、ということを明確にする必要があります。今回は様々な手法がある中でも主に二次情報調査、コールドコールを中心に調査を進め、課題を把握しました。
特にコールドコールは、国内においてはニッチと言われる領域でも〇〇協会として活動している団体が非常に多く、専門的な回答を得ることが可能です。
弊社ではこれをうまく活用して情報収集を行い、リアルな情報としてクライアントに「ファクト」として提示して納得感を持っていただけるように努めています。
今回の農業では、農林水産省、JA、園芸協会などにコールを行い、コールではありませんが実際の農家への問い合わせも行い、現場の声を聴きつつ、課題感を把握しました。
調査を踏まえて見えてきた課題について、食糧安全保障を脅かすものとして、農家の働く環境や、生産物を取り巻くインフラ的な課題である〈労働環境〉、生産物そのものの課題である〈生産性〉という2軸が今回注目すべき課題であることが分かりました。
さらにそれを構造的に整理していくと以下のようになります
〈労働環境〉
〈生産性〉
最終的にはどちらも担い手の減少へとつながるものとなりますが、それぞれの出発地点である課題がどのように担い手の減少につながるかを触れていきます。
〈労働環境〉
最初にあがる過酷な課題環境とは、まず長時間労働があげられます。労働時間に占める割合のうち、特にハウス栽培での収穫や選別工程での労働時間が長いです。
ハウスでの栽培が多いトマトやきゅうりなどの野菜は、ニンジンや大根などの根菜類と異なり機械で掘り起こすことは難しく、実が均一になるわけではなく収穫タイミングを見極めながらの収穫となるため作業の時間はより一層かかります。また、ハウス栽培においては栽培環境の管理工程の時間も長くなります。
さらに、日本においては野菜の規格が細かく、選別工程も労働時間が長くなる原因です。例えばきゅうりは地域によって異なるものの10規格程度に分かれており、これが手作業だった場合には作業時間が長くなることは容易に想像できるでしょう。
ちなみに、規格自体は価格の担保という意味合いで用いられており、消費者目線では重要度は低いと言えます。現に規格を統合する動きも一部で出てきており、こちらは農業全体のシステムの課題と言ってもいいかもしれません。
労働時間以外では、身体的な負担という面で、収穫した野菜を運ぶことでの重労働、近年の猛暑による熱中症リスクなどがあげられ、特に熱中症リスクは年々増している状況です。
運ぶことがどれだけ大変かというと、高齢化している農家では重い根菜類から軽い葉菜類に栽培品種を変更せざるを得ない事例も存在するくらいです。
こうした時間的・身体的な過酷さによって、農業=大変となり農家を辞める人も含めて担い手の減少につながっている現状があります。
〈生産性〉
最初にあがる生産性(収率)の低さとは、単位面積当たりの収穫量が過去からあまり変わっていないという事実があります。
この背景としては、調査を進める中で農家自身が「稼げる農家」を目指そうとする姿勢が一部農家に限られていることがわかりました。日本の国土上栽培面積を増やすのはなかなか厳しいものの、面積当たりの収穫量を増やすことで収益を上げることは理論上可能です。
しかし、農家にこの意識が欠けていると言われており、どちらかというと、暑さや病気に強い品種を導入するほうが費用もかからないため、広く取り入れられているようです。
ですが、この「稼げる農家」を目指すかどうかという観点が結果的に大きく響きます。
収率の低さが農家の低収益につながり、それが新たな投資余力の低さにつながります。
また、昨今の燃料費や肥料代などの高騰を考えると農家の経営が立ち行かなくなることは想像に難くありません。
そのため、農業=稼げないというイメージになる悪循環となり、担い手の減少につながる原因になり得ます。
整理した課題に対して、すべてを一気に解決することは難しいため、優先度をつけていきます。
通常の着眼点としては1つ解決することで複数解決できるものが事業を行う上でもインパクトが大きくなると言えます。
また、当然ですが、深刻度が高いものも優先度としては高くなります。
今回で言うと、担い手の減少が課題ではあるものの、担い手を増やすという母数の解決は人口減少が進む日本においては解決が難しいです。
そのため、辞める人を減らし、今の従事者で最大限収穫量を増やすことが求められると言えます。
そのことを踏まえて上で述べてきた課題をまとめると、「収率の低さ」が最重要課題であると言えます。
収率を上げて収益を増やすことによって生産性で述べた悪循環を断ち切り、労働環境の改善に向けた設備導入にもつながる可能性があるからです。
それにより農業を辞める人を減らし、食糧安全保障にも寄与できると考えました。
次に、重要度が整理できても、実際のニーズはどの程度あるのかということが明らかにならないとソリューションは一方的なものとなってしまうため、ニーズを把握します。
ニーズについては、顧客(=農家)が求めているもの、社会が求めているものなど様々存在します。
農業を取り巻く社会課題、ニーズの概観について以下にまとめました。
赤字で示したように特に日本が遅れている領域として農業環境の高度化が挙げられます。
別途後段で述べますが、農業環境の高度化をして収率を上げることが生産性の改善に紐づくためニーズは高いと言えます。
同時に本来の目的である食糧安全保障にも貢献できることにもつながります。
ここまでのプロセスを踏んで根拠のある提案ができるわけですが、実際の事業提案に当たっては、そもそも課題・ニーズを満たすソリューションがすでに存在しているのか、あるとしたらどの程度普及しているのか、競合はどのくらいいるのかを明らかにする必要があります。
これによってビジネスとして入り込める余地があるかを判断することもできますし、自社で開発が難しい場合などは協業ということも視野に入れることができます。
また、市場規模も試算する必要があります。
現在の市場規模とソリューションによる効果を試算することによって将来的な市場規模を示すことが可能です。
市場規模についてはレポートで出ているものは該当するレポートを探し、ない場合は市場規模を構成する要素を元に試算します。
農業では生産額が市場規模のベースとなってきます。
ここでは実際の提案内容は割愛します。
ここまで事業提案に向けたプロセスについて具体例を踏まえながら述べてきましたが、ここからは調査を進める上で見えてきたそもそもの収率を上げる要素について触れていきます。
先ほどニーズ把握の部分で農業環境の高度化をして収率を上げると述べましたが、キーワードになるのが、「環境制御」、「CO2」です。
「環境制御」とは、水、光、温度、湿度、CO2濃度などの要素について装置を用いて作物が育つのに適した環境を作り出すことです。これが高度化の中身であり、近年言われているスマート農業の一部です。
これは自然が相手の露地栽培(=何にも覆われていない畑)では環境を作り出すことは基本的に今の技術では困難なため、ハウス栽培を対象にします。
この環境を作り出す装置は施用装置といい、例えば水ではあれば灌漑装置、温度であれば暖房器具などがあげられます。
しかしこれだけではせいぜいタイマー程度の機能しかついておらず、ハウス内に設置した温度計などを頼りに農家が調整するしかないため効率的とは言えません。
そこでセンサーなどを用いて設定した環境になったら施用装置を動かす、止めるなどの「環境制御装置」というものを用いることでそれらが解消されます。
では、この環境制御のうち、収率をあげるのに最も寄与する要素は何かというと、それはCO2です。
なぜCO2なのかというと、植物は光+CO2+水で光合成をします。その際CO2を吸収しO2を排出します。同時に栄養となるデンプンを作り葉や実の成長に使われます。
つまり光合成を最大化することが作物の成長につながり、収率をあげる鍵となります。
特にハウス栽培において、光は十分に足りていますが、換気の少ない環境のため相対的にCO2が不足している状況となります。
では換気をすれば十分かというと実はそうではありません。光合成が最大化する二酸化炭素の濃度というのは、1,000~1,500ppmといわれており、大気中の濃度が400ppmであることを考えると換気ではせいぜい大気に戻す程度にしかなりません。
つまり施用装置を用いてハウス内にCO2を足してあげることが必要になります。
CO2の効果については実際に農業先進国と言われているオランダはCO2施用をはじめてから収率があがったと言われており、定量的なデータとしても30%程度収率が上がるようです。
ではここまでデータとして表れているのだから普及しているかというと実はそうではなく、もっとも取り入れやすくかつ冬場や夜間の作物を冷えから守るために導入される加温設備は40%程度導入されているものの、制御装置の中でも様々な要素を制御できる複合環境制御については、なんと農家全体の3%程度にしかすぎません。
背景としてはやはり導入費用があげられます。それぞれの施用装置を入れてそれらを制御する装置も入れるとなると国の補助金はあるものの農家としては結構な投資費用となります。
ここで先ほど課題部分で述べた投資余力の低さが響きます。さらに導入後も維持費はかかるため、収益性も問われてきます。
また農家のITリテラシーの低さも避けては通れません。
複合環境制御装置は基本的には目標値の設定は農家が行わなくてはならず、複合的な要素を組み合わせることで管理が一気に難しくなります。「何を・どれだけ・どの程度」設定すればいいのか判断ができないということになります。
しかも農家のほとんどは経験と勘を頼りに栽培していることが多く、いわゆるデータを活用した農業というのは今までほとんどやってきていません。
これにより作物の成長性、作業の効率性などのメリットの受け入れが難しく費用面だけで導入が難しいと判断してしまい普及が進まない原因となっています。
そのため、農家の意識改革は必要とはなりますが、どこかで踏み切った投資をすることが求められ、他の投資を進められる財務状況を作り出すためにも収率をあげることの重要性に立ち返る必要が出てくるわけです。
最後に、参考程度になりますが農業が地球温暖化防止に貢献できる可能性について触れておきます。
DAC(Direct Air Capture)=直接空気回収技術です。
これは温室効果ガスの原因となる大気中のCO2を直接回収する技術ですが、回収したものは分離したり、地中に埋めています。
DACは大規模なプラント設備を必要とし、欧米では実用化されていますが、国内ではそもそも土地がないと言われています。
しかし、コンパクトな装置の開発も進んでおり、この装置を農家ごとに置き回収したCO2を作物に施用して吸収してもらおうという農業DACの研究が国内で行われています。
さきほど触れませんでしたが、現在のCO2施用装置というのはわざわざ炭酸ガスを発生させて施用していることがほとんどのため、CO2削減の動きには逆行しているとも言えます。
そのため、この農業DACが実用化されれば大気中のCO2も削減出来て作物の収率も上がり、環境、食糧安全保障どちらにも貢献できるため、今後注目されていくことが予想されます。
今回、実プロジェクトをもとに事業提案を行うまでのプロセスについて具体例に触れつつ述べてきました。
農業についての課題は、今回述べ切れていないものも数多くあるものの、一方で少しのきっかけで可能性も秘めていることを認識することができました。
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