CROSS TALK スタッフクロストーク

職人&生産管理事務

アーツアンドクラフツが運営するオーダーメイドブライダルリングのブランド「ith(イズ)」。
お客様一人ひとりのご要望に合わせて世界にひとつのリングを
つくり出すという工程には、どんな想いやこだわりが込められているのでしょう。
ithの始まりを支えた三人が語る、“お客様に寄り添うものづくり”とは

一人の女性職人が立ち上げた
オーダーメイドのジュエリーブランド

—— 高橋さん、まず設立当初の思いについてお聞かせください。

高橋さん(以下、高橋) ithは、2014年に「たくさんよりも、ひとつをたいせつに」をコンセプトにスタートしましたが、当初からすでにアトリエを4つ作ることが検討されていました。その時点で、私はithというブランドが成長し長く続けていけるなら、どこまでも突き進もうと覚悟を決めました。

—— そんな高橋さんと一緒にithを長年支えてきたのが、石川さんと遠藤さんの二人です。ithの歴史とともに歩んできたといっても過言ではない二人ですが、そもそもどのようなきっかけでithに入社されたのでしょうか?

石川さん(以下、石川) 僕がithに入ったのは、表参道のアトリエがオープンする少し前でした。当時、ithで働いていた先輩から、「手伝ってほしい」と声を掛けられたんです。そのころ、僕は大手ジュエリーブランドで働いていたのですが、ジュエリー職人だった父が亡くなる前に「お客様の喜んでくれる顔がちゃんと見られる、そういう仕事をした方がいいぞ」といった言葉が胸に残っていて……。僕の中で、“お客様のために”というithのコンセプトと父の姿が重なり、入社を決めました。

遠藤さん(以下、遠藤) 私が入社したのも、立ち上げから1年後くらいでした。私は社会人になってから美大に入り、日本画を専攻したのですが、絵を描く過程が職人のようだなと思ったんです。それで、もっとものづくりに深く関わりたいと思ったとき、ithの求人募集を見つけました。武蔵野市で育った私には、吉祥寺のアトリエから始まったことに親近感もあったんです。

プロフェッショナルとして
お客様に接する“つくり手”

—— ithでは、当初からお客様と打ち合わせをする接客スタッフを“つくり手”と呼んでいます。お客様の中には、実際に作る人というイメージを持たれる方も多いのではないでしょうか? 

高橋 私たちが“つくり手”と呼んでいるのは、プロとして指輪の作り方や道具、作られた指輪の名前の由来などの知識を持って、お客様に接してほしいと思っているからです。そのために、つくり手には教育の中で指輪制作を実習してもらっています。そうすることで、お客様へ話す内容にもリアリティが生まれますし、伝わりやすさも全然違うと思うからです。

遠藤 最初は私も本当に大変でした。でも、入社後に工房で研修があって、そこで高橋さんたちにものづくりの厳しさや楽しさを学ばせてもらって、それがつくり手としてお客様と接する上で大きな経験になっています。

石川 ithの理想としては、高橋さんのように指輪も作れて、接客もできる人が何人もいるのがベストですが、実際はとても難しい。その代わりに、工房にはつくり手たちが自由に使える机が用意されていて、つくり手も職人も自分の作品が作りたければ、勤務時間外に自由に工房の機械を使うことができるようになっています。

高橋 私たちがお客様と接する時間は、よいものを作るためにお互いの意見を出し合い、それをひとつひとつ確認していく時間なんです。その対話を積み重ねることで、お客様の理想の指輪のデザイン・仕様に近づくと思っています。

遠藤 そうですね、私も自分の手を動かして学んだ大切なことをお客様に伝え、そして、お客様が求めているものを一緒に作っていくのが、つくり手としての私の役目だと思っています。

高橋 遠藤さんはつくり手から生産管理部に異動して、またつくり手に戻ってきましたよね。

遠藤 はい、やっぱり毎回違うお客様と、違うデザインを考える方が楽しいと思ったんです。これまで800組以上のお客様の指輪づくりをお手伝いさせていただきましたが、オーダーシートを見ればお客様のお顔が自然と浮かびます。それくらい、つくり手にとってお客様は近い存在ですね。

紆余曲折しながらも感じる
ブランドとしての成長

—— この10年、ブランドとしてもさまざまなことがあったと思いますが、皆さんはどのように感じていますか?

高橋 私は不安を感じなかった日はあまりないですし、今も『これならいける!』という自信はありません。でも、一緒に働きたいという人が増えたことや、新しくアトリエをオープンするたびにお客様が増えていくのをみると、少しずつ世の中に受け入れてもらえているのかなと安心も感じています。

遠藤 私は“気がついたら10年”という感じです。最初のころは本当に忙しくて、いろんなことが走りながら決まっていくような感覚でした。

高橋 そうですね(笑)。この10年はithのよさは何だろうと模索しながら、私もみんなと一緒に走ってきた感じです。その中で、時には迷うこともあり、途中で『あれ、違う』と気づくこともあり。本当に紆余曲折しながら成長してきた10年でした。

石川 僕は、ithのスタイルを貫くには、4店舗くらいがMAXだろうなと思っていました。それ以上にアトリエが増えると、ithが大切にしているコンセプトが弱まったり、クオリティのレベルが下がってしまうかもしれないと危惧していたんです。だから、それを防ぐためにも、僕らのような昔からいるスタッフがithのよさを守り、きちんと継承していかなくてはだめだと思ってきました。

遠藤 今、アトリエにお越しいただくお客様たちは、当初のお客様と変わらない部分もありますが、一方でそこまでオーダーメイドにこだわらず、ithのブランドとしての雰囲気のよさに共感されてご来訪いただく方も増えてきたように感じています。

高橋 たくさんの方とご縁をいただけるようになりましたね。ithというブランドが認知されてきたということがとても嬉しいです。

お客様のために――。
その思いはずっと変わらない

—— ithとしてこの10年で変わらないものはありますか? また、これほど多くのお客様から支持された理由は何だと思いますか?

高橋 ithのコアはものづくりです。そこから始まっているので、スタッフが増えた今も、ものづくりを大切にするというスタンスは変わりません。作る人を大事にする、作られたジュエリーを大事にする。それは新しいスタッフたちにもきちんと伝えています。

遠藤 お客様のことを考えながらのものづくりは、ずっと変わらないですね。

石川 もともと職人の高橋さんが立ち上げたブランドだからこそ、ものづくりをきちんと理解して、それをお客様に伝えることは変わらないと思うし、ithが選ばれる理由もそこにあると思います。

高橋 私は、お客様から支持されているのは、“ithなら何とかしてくれそう”という雰囲気が感じられることも理由のひとつかなと思うんです。たとえば、難易度が高いオーダーがあっても、条件だけでは断りません。まずはお客様から詳しくお話を聞き、どうしたら形にできるかを工房や生産管理と相談します。

石川 簡単には断らないですよね。むしろ、ithの職人たちは難しいことにも前向きに挑戦しがちなので(笑)。僕らが抑えるくらいです。でも、それは一連の工程をすべて任されることが嬉しくて、楽しくて仕方がないんだと思います。その結果、お客様のご要望に応えたケースはたくさんありますよね。

高橋 もちろん、すべてのオーダーに応えられるわけではありませんが、お客様の期待に応えられるブランドであるためにも、難しいオーダーにも対応できる余力は残しておきたいと思っています。

石川 ここまでこだわって作る指輪はあまりないと思います。ひとつひとつの指輪に彫りもテクスチャーも入れて、まさにオーダーメイドの醍醐味といえますね。

遠藤 結婚指輪や婚約指輪は、お客様の人生の中でもとても大切なシンボルですから、つくり手はお客様のことをとことん考えますし、そこでできあがった指輪はお客様の思いが詰まったものです。それがお客様にも伝わるので、指輪の完成を楽しみにしてくれるのだと思います。

それぞれの立場で感じる
ithの変化と課題

—— それでは、この10年で変わったと思うところはありますか?

高橋 一番は一緒に働くスタッフが増えたことですね。最初は職人経験のあるスタッフが多くいましたが、今は多様な人たちが働いています。あとは、接客時の確認漏れや誤解、齟齬が生じないように、細かいルールやマニュアルが整ったことも大きいですね。時々、そのルールの細かさに戸惑うこともありますが(笑)、それらが整ったことで入社したばかりのつくり手たちもスムーズに業務に取り組める環境になったと思います。

遠藤 私もルールがきちんとできたことですね。あとは会社として雇用環境が整ってきたことも。最初のころは、アトリエの一室くらいの広さに本社機能まであったので、いつも人がぎゅうぎゅうの状態でした(笑)。

石川 それはあるね(笑)。工房としては、一人の職人が最初から最後まで全工程を行えることが大きいですね。この業界は分業制がほとんどなので、一人の職人が全工程を担うのはかなり難しいのですが、それを組織としてきちんとできたことが一番大きく変わったことかなと思います。

—— それでは、今、課題を上げるとしたら、どんなことが思い浮かびますか?

石川 まず宝飾業界全体で特殊な加工技術が行える職人が減っていることですね。その技術が途絶えると作れないものが増えてしまうから、僕らはその優れた技術を若い職人たちにしっかり継承していかなくてはいけない。それが大きな課題ですね。

遠藤 私は、ルールができたのはブランド全体のためにはよいことだと思うのですが、ふと前はもっと広い視野で提案ができていたように思うときがあります。これは長く働くスタッフほど感じることかもしれません。

高橋 ithのヴィジョンは、お客様のためによいリングを作ることですが、社内の都合を優先してしまうと、それがどんどん薄まってしまうと感じています。だから、私の役目は、常にお客様の期待に応えられる環境、雰囲気を作り、スタッフがお客様の方を向き、思いに寄り添い続けられるように働きかけていくことかなと思っています。

ブランドの価値を深め、
お客様に寄り添っていく

—— 最後に、この先もずっとブランドが続いていくためには何が必要だと思いますか?

石川 工房としては、ithの商品を作るためにそれぞれの加工技術のスキルを継承し、高め続けていくことです。もうひとつは、さらに成長するためにコスト削減など生産管理的なことも考えていかなくてはいけない。そのためには制作にかかる一連の技術のほか、新しい技術を導入することも必要かなと思います。これらすべてに対応できる職人が揃ったら、これほど強いものはないでしょう。ものづくりを大事にするつくり手がいるアトリエがあり、そのバックによいジュエリーが作れる工房があったら、この先、何十年もブランドとして価値を高めていけるはずです。

遠藤 今は私も教える立場でもあるので、ithが当初から大切にしてきた思いを守り、それを後輩たちにしっかり伝えていく必要があると思っています。

高橋 私は、これからも続けていくためには、手間ひまがかかることに目を背けてはいけないと思っているんです。もともと小さいことをコツコツと積み上げてきたブランドですし。初心を忘れず、細かな要望に応えていかないと、お客様から「何かやってくれそう」という期待感や、ほかにはないithの価値は簡単に失われてしまうと感じています。

石川 手間ひまがかかる=コストだから、多くの会社はカットする部分だけど、ithは逆ですよね。でも、それがあったから10年も続いてきたと言えますね。

高橋 ithはお客様視点が強いブランドだと思っています。そのためには、ithの中で誰かがお客様の気持ちを代弁しなくてはいけないと思うので、私はつくり手でもなく、職人でもなく、お客様の代表として一番よい方向を目指します。その視点はこれからも変わらずに持ち続けて、お客様にとってベストな指輪を提供していきたいと思います。

 

& People へ