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2026.07.07

経済安全保障対策を機能させる方法

【はじめに】

昨今の関税政策や中東・イラン情勢を見ると、地政学リスクは以前よりも企業経営に近い論点になっています。関税は調達コストや販売価格、拠点配置に影響し、イラン情勢の緊迫化はエネルギーや物流の不確実性を高める要因です。こうした変化により、経済安全保障は一部の専門部署の論点ではなく、企業全体で向き合うべき課題へと押し上げられています。

各国政府が経済合理性だけでなく、国家安全保障や産業保護を重視する動きを強めるなか、企業は従来の効率最優先の前提だけでは事業を設計しにくくなっています。経済安全保障は、特定の海外部門や調達部門だけが扱うテーマではなく、経営そのものに近い論点になりつつあります。

その影響は、単なる外部環境の変化にとどまりません。関税、輸出規制、供給制約、重要資源の囲い込み、技術流出リスク、サイバー脅威などが、調達、製造、販売、研究開発、情報管理に同時に波及します。つまり、経済安全保障は独立した単一論点ではなく、企業活動の各所に横断的に入り込む経営課題です。

実務で難しいのは、このテーマが多面的であることです。関税対応として見れば通商・調達の話、供給断絶として見ればBCPの話、技術流出として見れば情報セキュリティや研究開発管理の話に見えます。しかし本質的には、それぞれが別々の課題ではなく、「企業価値をどう守るか」という一つの問いの別表現です。

重要なのは、施策を増やすことではありません。何を守るために、どこを重点領域とし、どの順番で対応するかを経営として設計すること。本記事では、その観点から経済安全保障対策の本質、難しさ、整理のフレーム、実務での設計プロセスを整理します。

【このテーマで最も重要な論点】

経済安全保障対策で重要な論点の一つは、サプライチェーンリスクマネジメントと技術情報流出防止を、全社ガバナンスの下で一体運用することです。

このテーマが難しいのは、物の流れと技術の流れが同時に揺らぐためです。関税や輸出規制は、原価や供給に直接影響します。一方で、技術主権の強化や規制の厳格化は、研究開発、顧客対応、外部連携、情報管理のあり方を変えます。片方だけへの対処では、企業としての耐性は十分に高まりません。

たとえば、調達先を分散して供給断絶リスクを下げても、重要技術や機密情報の管理が甘ければ、競争優位そのものが揺らぎます。逆に、情報管理を強化しても、部材や製造工程の特定地域依存が高ければ、事業継続性は不安定なままです。したがって、経済安全保障は「調達」「BCP」「情報管理」といった機能別に切り分けるのではなく、全社として何を守るかを起点に統合して扱う必要があります。

 

【なぜ難しいのか:構造的な落とし穴】

  • 関税や供給不安を調達部門の課題に閉じてしまう

経済安全保障の影響は、調達・製造領域に表れやすい一方で、調達部門の中だけには収まりません。関税コストの上昇は利益率を圧迫し、重要部材の供給制約は納期や販売計画に影響します。拠点見直しは投資計画や人員配置にも波及します。

それにもかかわらず、実務では調達部門が個別に対応し、経営や事業との接続が弱いまま進むことがあります。短期的な部材確保はできても、全体では管理コストや重複投資が増え、価格競争力を損ないやすい構造になりがちです。

  • 供給網対策と技術防衛を別物として扱ってしまう

経済安全保障を供給網の話としてだけ捉えると、技術流出や情報保護の論点が後回しになります。しかし、技術情報の流出や機密データ管理の不備は、単なる守りの問題ではありません。研究開発の蓄積、設計力、顧客対応力、ひいては市場での優位性そのものに関わる論点です。

ここを弱いままにすると、供給面では耐性が高まっても、競争優位を支える中核資産が守れません。経済安全保障を本当に経営論点として扱うなら、供給網と情報・技術管理を分断しない設計が必要です。

  • 施策を並べるだけで、判断軸と優先順位を置かない

現地調達、供給元分散、在庫積み増し、価格転嫁、拠点移転、可視化、シナリオプランニング、専門組織設置など、打ち手そのものは多く存在します。問題は、それらをどう選び、どう並べるかです。経済安全保障対策は、短期利益を圧迫することもあります。

すべてを同時に進めればよいわけではありません。自社にとって何が最も重要なリスクで、どこが重点領域かを見定めたうえで、順番をつけて進める必要があります。ここが曖昧だと、施策は増えても全体最適にはつながらず、現場負荷だけが高まります。

 

【テーマを整理するための分類フレーム】

経済安全保障対策は、実務上は次の4タイプで整理すると扱いやすくなります。

  • 収益防衛型

関税や価格高騰による利益率悪化を抑えるための対応です。価格転嫁やコスト削減により、短期的な損益影響を吸収することが主目的となります。

このタイプの評価軸は、粗利影響の抑制度合い、販売量維持、価格競争力との両立です。ただし、価格対応だけでは市場競争力を損ないやすく、コスト削減だけにも限界があります。単独施策として完結させないことが重要です。

  • 供給網再設計型

生産拠点の見直し、現地調達の拡大、供給元分散、原産地管理の徹底などにより、特定国依存や通商リスクを構造的に低減する対応です。目的は、供給断絶や関税負担を構造的に減らすことにあります。

評価軸は、依存度低下、代替ルート確保、供給安定性、関税負担の低減などです。一方で、一時的な在庫積み増しや移管コスト、運用の複雑化を伴いやすいため、短期施策と長期施策を分けた設計が必要になります。

  • 可視化・予兆把握型

サプライチェーン、リスク部材、拠点、規制影響を可視化し、兆候を早期に捉えるための対応です。デジタル化やAI活用も、この分類に含まれます。

目的は、問題が起きてから対応するのではなく、変化の兆しを先に捉えること。評価軸は、把握速度、精度、対象範囲、判断への接続性です。可視化は目的ではなく、経営判断を速くする手段として位置づける必要があります。

  • 技術・情報防衛型

技術情報流出防止、サイバーセキュリティ強化、専門組織設置、監査高度化などにより、競争優位の毀損を防ぐ対応です。このタイプの目的は、単なる事故防止ではなく、技術的優位性と市場適合力の維持にあります。

評価軸は、機微情報の管理水準、検知速度、監査効率、改善サイクルの速さです。IT部門だけの施策にせず、経営と事業に接続することが重要になります。

 

【なぜ今この論点が重要なのか】

今この論点が重要なのは、関税や輸出規制が一時的なノイズではなく、経営の前提条件になりつつあるからです。各国の政策が国家安全保障や産業保護を軸に組み替わることで、企業は従来の効率最優先モデルだけでは事業を維持しにくくなっています。

特に、米国の関税措置や対中追加関税の対象となる鉄鋼・アルミ、半導体、電池、重要鉱物関連品目では、単に関税コストを吸収するだけでは対応に限界があります。たとえば、半導体や電池、重要鉱物関連品目では、関税負担の増加だけでなく、原産地管理、調達先の見直し、価格転嫁、代替供給網の確保を同時に検討する必要があります。これは調達部門だけの課題ではなく、販売価格、製造拠点、研究開発、顧客対応にも波及するため、全社横断で判断することが求められます。

加えて、地政学リスクは部材や物流だけでなく、顧客要求、規制適合、研究開発の連携形態にも影響します。つまり、経済安全保障を考えることは、単に守りを固めることではなく、どのような事業構造なら継続的に競争できるかを問い直すことでもあります。

 

【実務で使える設計プロセス】

Step1 守るべき価値を定義する

まず、「利益率」「供給継続」「技術優位」「市場アクセス」のうち、どれを優先的に守るのかを定義します。ここが曖昧だと、施策の優先順位は決まりません。

Step2 重点領域を絞り込む

次に、全社を一律に見るのではなく、影響が集中する領域を特定します。多くの場合、調達・製造が起点になりますが、事業によっては研究開発や販売網も重点対象となります。

Step3 リスクを品目・経路・地域で分解する

どの品目が、どの地域・経路を通じて、どの程度の影響を受けるのかを分解します。製品単位ではなく、部材、原産地、経由地、最終仕向先まで見なければ、本当に重いリスクは見えてきません。

たとえば、重要鉱物や半導体関連部材では、直接の調達先だけでなく、原産地、加工工程、経由地、最終仕向先まで確認しなければ、実際のリスク所在を把握しにくくなります。

Step4 吸収策と再設計策を分けて考える

短期は価格転嫁、在庫、コスト削減などで吸収し、中長期は拠点移転、現地調達、供給元分散などで構造を組み替えます。この切り分けがあると、施策の順番が明確になります。

Step5 可視化と監視の仕組みを入れる

一度設計して終わりではなく、リスクの変化を継続監視できる状態にします。可視化、ダッシュボード、シナリオプランニング、AI活用などは、判断を速くするための仕組みです。

Step6 全社ガバナンスに接続する

最後に、情報収集、評価、意思決定、実行、検証を回す体制を置きます。経営層と現場が同じ論点を共有し、部門をまたいで判断できる状態を作ることが不可欠です。

 

【良い整理と曖昧な整理の比較】

良い整理は、「何を守るための対策か」が明確です。利益率を守るのか、供給継続を守るのか、技術優位を守るのかが先にあり、そのうえで対象領域、打ち手、判断主体、評価軸がつながっています。

一方、曖昧な整理は、「経済安全保障が重要だから、調達先を分散し、BCPを強化し、情報管理も見直す」といった並列表現に留まります。この整理では、一見すると多くの施策を打っているように見えても、経営としてどこを守りたいのかが見えません。結果として、個別施策は進んでも、全社としての強さにはつながりにくくなります。

両者の違いは、施策の多さではなく、判断軸の有無です。経済安全保障を機能させる企業は、対策を列挙している企業ではなく、優先順位を持って意思決定できる企業です。

 

【まとめ】

経済安全保障対策の本質は、関税対応やBCP強化を個別に積み上げることではありません。サプライチェーンリスクマネジメントと技術情報流出防止を、全社ガバナンスの下で一体運用することにあります。

世界経済の分断と技術主権の二極化が進む環境では、効率だけを追う設計でも、守りだけを固める設計でも不十分です。必要なのは、自社にとって何が主要リスクで、どこが重点領域で、どの施策をどの順番で打つべきかを、経営判断として設計することです。

最初の一歩として有効なのは、施策を列挙することではありません。まずは自社の重点領域を「品目・経路・地域」と「技術・情報」の両面から洗い出し、何を守るための対策なのかを明確にすること。そこで初めて、経済安全保障対策は単なる守りではなく、企業価値を支える経営基盤になります。

【参考】

中川 翼

アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/アナリスト