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SAP MDG ~マスタ統合とデータガバナンスを実現する基盤と導入のポイント~

 

 

 企業のデジタル化やDXが進む中で、「データの活用」が経営や業務の質を左右する時代になっています。しかしその一方で、「システムは高度化しているのに、データが信用できない」「部門ごとに同じ取引先や製品が別々に管理されている」といった課題を抱える企業は少なくありません。その原因の多くは、企業活動の根幹となるマスタデータが適切に統制・管理されていないことにあります。

 特にSAPをはじめとするERPを導入している企業では、業務プロセスは標準化されているものの、マスタデータの作成・変更・管理が属人的な運用に依存しているケースも多く見られます。こうした状況では、データ品質の低下が業務効率や意思決定の精度に直接影響を及ぼします。

 本記事では、こうした課題を解決するためのソリューションとして注目されている SAP Master Data Governance(SAP MDG) について、その概要や提供開始の背景、日本企業での導入状況、導入メリット、そして運用面での重要なポイントまでを分かりやすく解説していきます。

 

SAP Master Data Governance(MDG)とは?

企業のデータ品質向上に不可欠なガバナンス基盤

 現代の企業において、正確で一貫性のあるデータは経営判断や日々の業務遂行における重要な資産です。顧客情報、商品データ、サプライヤー情報、財務データといったマスタデータが企業全体のシステムに散在し、バラバラに管理されると、レポートや業務プロセスに誤りが生じたり、意思決定の精度が低下したりします。

 SAP Master Data Governance(以下、SAP MDG) は、こうした企業におけるマスタデータの管理とガバナンスを一元化し、データ品質や一貫性を高めるためのSAP社のソリューションです。SAPのERPやS/4HANAなどの基幹システムと深く統合され、クラウド・オンプレミスの両方で利用可能な製品として提供されています。

 

SAP MDG の提供開始時期と背景

 SAP MDG が 一般公開(General Availability)されたのは2011年5月12日 のことで、2010年12月20日からRamp-Upが開始されていました。
 一般公開以前にもSAPでは「NetWeaver Master Data Management」などのMDMソリューションを提供していましたが、SAP MDGはその進化版として、SAP環境とABAPベースでよりシームレスに統合されたガバナンス機能を特徴としています。SAP MDGは、従来のMDM機能に加えてワークフロー・承認ルール・重複除去・データ品質管理など、企業のデータガバナンスに必要な機能を包括的に提供しています。

 

なぜSAP MDGが必要なのか?

 企業内のマスタデータは、製品・顧客・サプライヤー・財務データなど、多岐にわたり、これらはERPやCRM、SCM、ロジスティクス、販売など多くのシステムやプロセスで参照・利用されます。しかし、以下のような課題が生じやすいのが現実です。

 

  • 複数システムで異なるマスタデータが存在し、整合性が取れない
  • 手動でデータ変更を行っているために誤入力や重複が発生
  • 部門ごとに異なる情報が元となって意思決定が分断されてしまう

 

こういった課題に対応するために、SAP MDGは以下を実現します。

  • 信頼できる唯一の情報源(Single Source of Truth)の確立
  • ワークフローに基づくデータの承認・変更管理
  • 重複や不整合を発生させないデータ品質管理
  • 複数システムへの整合性のあるデータ配信

つまり、全社レベルでのデータガバナンスを実現し、データに基づいた迅速かつ正確な意思決定を支える基盤を提供しているのです。

 

 

SAP MDG の主な機能

 SAP MDGは、単なるマスタ管理ツールではなく、マスタデータの作成・変更・承認・配信までを一貫して管理するための統合プラットフォームです。ここでは、SAP MDGが備える主な機能について、業務視点を交えながら詳しく解説します。

1. マスタデータの一元管理

 SAP MDGの最も重要な機能は、マスタデータを信頼できる唯一の情報源として管理できる点です。得意先、仕入先、品目、BP(Business Partner)などの主要マスタを、SAP MDG上で統合的に管理し、全社で共通利用することが可能になります。

 これにより、部門やシステムごとに異なるマスタが存在する状態を解消し、「どのデータが正なのか分からない」という状況を防ぎます。特にグローバル展開している企業や、複数ERP・周辺システムを利用している企業にとって、この一元管理は非常に大きな価値を持ちます。

 

2. ワークフローによる承認・統制プロセス

 SAP MDGでは、マスタデータの作成・変更に対してワークフローを用いた承認プロセスを設定できます。たとえば、「営業部門が得意先マスタを申請し、管理部門が内容を確認・承認する」といった業務フローをシステム上で実装可能です。

 承認ステップや条件は柔軟に設計でき、金額や取引区分、国・地域などに応じて承認ルートを分岐させることもできます。これにより、属人的な判断や例外的な運用を減らし、統制の取れたマスタ管理を実現します。また、承認履歴が自動的に記録されるため、監査対応や内部統制の観点でも有効です。

 

3. データ品質チェックとビジネスルール管理

 SAP MDGには、マスタデータの品質を担保するための検証ルール(Validation)機能が備わっています。必須項目の未入力チェックや、コード体系・フォーマットの統一、業務ルールに基づく整合性チェックなどを自動で行うことが可能です。

 これにより、入力ミスや不完全なデータが登録されるのを未然に防ぐことができます。また、ルールをシステム上に明示的に定義することで、「なぜ登録できないのか」「どの条件を満たす必要があるのか」が可視化され、現場の理解促進にもつながります。

 

4. 重複チェック(Duplicate Check)機能

 マスタ管理において大きな課題となるのが、重複データの発生です。SAP MDGでは、類似名称や住所、コードなどをもとにした重複チェック機能を利用し、新規登録時や変更時に既存データとの重複を検知できます。

 これにより、同一取引先が別名で登録されてしまうといった問題を防止し、データの精度を高いレベルで維持することができます。重複チェックは業務効率だけでなく、売上集計や与信管理、購買分析など、後続プロセスの品質にも大きく影響します。

 

5. データ配信・システム連携機能

 SAP MDGで管理されたマスタデータは、SAP S/4HANAやECCはもちろん、周辺システムや他ERPへも配信可能です。これにより、全システム間で整合性の取れたマスタデータ利用が実現します。

 データ配信はリアルタイムまたはバッチで行うことができ、システム構成や業務要件に応じた柔軟な設計が可能です。マスタの変更が各システムへ正しく反映されることで、手動でのデータ同期作業が不要になり、運用負荷の軽減にもつながります。

 

6. SAP製品との高い親和性と拡張性

 SAP MDGはSAPの標準技術(ABAP、Fiori、Workflowなど)をベースに構築されており、既存のSAP環境との親和性が非常に高い点も特長です。SAPを既に利用している企業であれば、追加のインターフェース開発を最小限に抑えつつ導入できます。

 また、標準機能に加えてアドオン開発や拡張も可能なため、自社独自の業務要件に合わせた柔軟な運用が可能です。

 

SAP MDG の導入メリット

 先述したSAP MDGの機能からまとめると導入することで企業が享受できるメリットは以下のようなものが期待できます。

1. データ品質の向上

 企業全体で一貫したマスタデータを保有することにより、重複や誤入力、不整合を削減し、「信頼できる唯一の情報源」 を実現します。

2. 業務効率の改善

 ワークフローによる承認プロセスやデータ変更管理が標準化されることで、手作業のカスタム処理や修正作業が減少し、業務プロセスの効率化につながります。

3. コンプライアンスとリスク管理

 変更履歴の保持やビジネスルール適用により、内部統制や法令遵守の観点でも優れたトレーサビリティを確保します。

4. SAP製品との親和性

 すでにSAP ERPやS/4HANAを使用している企業であれば、SAP MDGが同じベンダーの製品であり、連携や統合が容易であることが大きなメリットです。またSAP FioriベースのUIとの統合によりユーザビリティも高まります。

日本企業におけるSAP MDGの導入状況

 SAP MDGは世界各国で導入が進んでおり、2025年のデータでは約1,600社がSAP MDGを利用しているとされています。

 日本でも導入する企業は徐々に増えてきており、特に製造業、流通業、大手グループ企業を中心に、複数のシステムに散在するマスタデータを統合・標準化する目的で導入するケースが増えています。

 ただし、日本企業の具体的な導入社数は公開されていませんが、それほどに多くないのが現状です。しかし、ERPの導入が進んでいる企業ほど、データ統合や品質管理の必要性からMDG導入への関心が高まっており、大手企業・グローバル企業を中心に導入が進んでいる状況です。

 

導入プロジェクトで押さえておきたいポイント

 SAP MDGの導入には、単にソフトウェアをインストールするだけでなく、以下の点が重要です。

 

  • データガバナンス体制の整備
    • MDGを最大限活用するには、社内のデータ管理ルールや承認フローを定義し、マスタデータの責任者(データステュワード) を明確にする必要があります。
  • 業務プロセスとの整合性
    • MDGの導入は業務プロセスに直接影響します。既存プロセスを見直し、MDGの承認ワークフローと整合させる計画が重要です。
  • S/4HANAとの連携検討
    • 現在SAP ECCからS/4HANAへの移行を検討している企業では、MDGとS/4HANAの連携戦略を事前に設計することで、後戻りのないデータ戦略が実現できます。

 また、MDG導入を機にマスタ統合を実施する際には、「業務運用の見直し」にも目を向ける必要があります。
 マスタ統合を進める際に見落とされがちですが、システム導入と同時に業務運用の見直しを行うことは不可欠です。SAP MDGのような高度なマスタデータ管理基盤を導入しても、既存の業務プロセスや運用ルールが整理されていなければ、その効果を十分に発揮することはできません。
 多くの企業では、これまで部門ごとにマスタデータを管理してきた歴史があります。たとえば、顧客マスタは営業部門、仕入先マスタは購買部門、品目マスタは生産管理部門といったように、それぞれの業務都合に合わせた運用が長年続いてきました。その結果、同じデータであっても入力項目や定義が異なり、重複や不整合が常態化しているケースも少なくありません。マスタ統合とは、こうした「部門最適」で構築された運用を「全社最適」に切り替える取り組みであり、業務の考え方そのものを見直す必要があります。
具体的には、誰がマスタを作成し、誰が承認し、誰が最終責任を持つのかといった役割分担を明確にする必要があります。SAP MDGではワークフローによる承認プロセスを定義できますが、その前提として、業務上の責任範囲や判断基準が整理されていなければ、承認が滞ったり、形骸化したりする恐れがあります。また、「これまで現場判断で即時登録していたデータを、今後は承認を経て登録する」といった運用変更に対して、現場の理解と合意を得ることも重要です。
さらに、マスタ項目そのものの見直しも避けて通れません。不要になった項目や実際には使われていない項目を整理し、業務上本当に必要なデータに絞り込むことで、入力負荷の軽減とデータ品質向上の両立が可能になります。システム主導で項目を決めるのではなく、業務の流れと利用シーンを踏まえて設計することが、マスタ統合成功の鍵となります。
このように、マスタ統合は単なるITプロジェクトではなく、業務改革(BPR)を伴う全社的な取り組みです。SAP MDGはそのための強力な基盤を提供しますが、業務運用の見直しとセットで進めることで、初めて「経営で機能するマスタ統合」が実現します。

 

まとめ

 SAP MDGは、データ品質・プロセス効率・内部統制・ガバナンス強化など、企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)に不可欠な機能を提供します。SAP ERPやS/4HANAと連携することで、既存システムの価値を最大化しながら、全社的なデータの信頼性を高めることができます。特に、SAP製品を既に利用している企業にとっては、同一ベンダー内でガバナンスと運用を完結できるという 大きなメリット があります。

当社では、SAP MDGの導入支援だけでなく、導入後の運用サポートまで多数の実績があります。
マスタデータ統合やワークフロー設計、運用ルール策定、移行プロジェクト支援など、お客様のビジネスに最適な形でSAP MDGを活用するお手伝いをしてきました。

もしSAP MDGに興味がある、導入を検討したい、既存運用を改善したいという企業様がいらっしゃいましたら、どうぞお気軽にお問い合わせください。

 

【参考】

・SAP「SAP Master Data Governance is now Generally Available!

・SAP「SAP Master Data Governance の特長

・LANDBASE「Companies using SAP Master Data Governance by SAP SE in 2025

安田 武蔵

アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/マネージャー