
私たちの「食」の根源的な供給源である農業が今、大きな転換期を迎えています。
これまで農業といえば、「きつい・汚い・危険」という3Kのイメージや、天候に左右される不安定な産業という印象を持たれることが少なくありませんでした。実際、農業現場は3Kを理由として、若い人材の関心を集められておらず、日本農業は人材不足・少子高齢化が年々進み、「次の世代の担い手を集め、生産性を向上させること」が課題となっています。
本記事では、日本の農業が抱える構造的な課題と、それを解決するために進化を続ける最新テクノロジー(アグリテック)の動向、そして今後の展望について詳しく解説します。
アグリテック産業への参入を検討されている方には、本記事をご一読いただき、近年の日本農業の動向や最新テクノロジーを知っていただければと思います。
また、アグリテックに限らず、技術進歩が激しい時代の中、既存産業の変革や新たな産業の誕生がどのように起きているのかを理解することは、事業投資や新規事業開発を検討する上で有用な参考になると考えておりますので、ご興味のある方はぜひご一読ください。
まず、日本の農業が直面している現実を直視する必要があります。最大の課題は、深刻な「少子高齢化」と「担い手不足」です。
農林水産省のデータによると、基幹的農業従事者の平均年齢は69歳を超えており、高齢化が極めて進行しています。あと数年もすれば、多くの熟練農家が引退の時期を迎え、長年培われてきた高度な栽培技術やノウハウが失われてしまう危機に瀕しています。また、若者の都市部への流出により、後継者が不在の農地が増加しているため、耕作放棄地も含め、農地面積の減少も社会問題となっています。
※「基幹的農業従事者」とは、15歳以上の世帯員のうち、ふだん仕事として主に⾃営農業に従事している者(雇⽤者は含まない)(農林水産省資料より引用)
※「耕作放棄地」とは以前耕作していた土地で、過去1年以上作物を作付け(栽培)せず、この数年の間に再び作付け(栽培)する意思のない土地(農林水産省資料より引用)

これまでの労働集約型の農業モデル、つまり「人の数と体力」に頼るやり方では、もはや日本の食料生産を維持することが困難になりつつあります。食料自給率の低下は、安全保障の観点からも無視できないリスクとも考えられます。
一方で、近年のIT技術の急成長は農業領域にも波及しており、生産性向上を実現する様々なテクノロジーが開発されています。
「人手が足りないのなら、テクノロジーで補えばいい」「経験や勘に頼るのが難しいなら、データで可視化すればいい」といった発想の転換により、農業は今、ITやロボティクスなど、異分野の技術の導入に向け、研究開発・製品開発が進められています。
政府も「スマート農業」を推進し、ロボット技術やICT(情報通信技術)を活用して、省力化・精密化や高品質生産を実現する新たな農業モデルの構築を推進しています。大手企業の農業参入や、アグリテック系スタートアップの台頭も目立ってきており、農業の高度化の兆しが見えてきています。
次章からは、具体的にどのようなテクノロジーが現場に導入され、どのような変革をもたらしているのかをご紹介します。
農業におけるテクノロジーは、大きく「データ活用(栽培管理・経営管理)」と「自動化ロボット(作業代替)」の2つの領域で開発・導入が推進されています。

これまでの日本の農業は、熟練農家の「長年の勘と経験」に支えられてきました。「今日の日差しなら水やりはこのくらい」「葉の色がこう変わったら肥料を与える」といった判断は、言語化されにくい暗黙知でした。
しかし、アグリテックの導入により、これらの暗黙知を形式知化する動きが進んでいます。
以下、いくつかの主要な観点をご紹介します。
ビニールハウスや田畑に、温度、湿度、照度、CO2濃度、土壌水分量などを計測するIoTセンサーを設置します。これらのセンサーは24時間体制で環境データを収集しており、収集したデータはクラウド上に蓄積されます。これまで農家が肌感覚で捉えていた環境変化が、具体的な数値として可視化される点がメリットとして挙げられます。
蓄積された環境データと、過去の収穫量や品質データをAI(人工知能)が解析します。これにより、「現在の環境下では、あと何日で収穫適期になるか」といった生育予測や、「特定の気象条件が揃ったため、病害虫が発生するリスクが高い」といった予測が可能になります。
例えば、あるトマト農家では、熟練農家の水やりや施肥のタイミングと、その時の環境データをAIに学習させることで、新規就農者でもベテラン並みの判断ができるような支援システムを導入しています。これにより、技術習得にかかる時間を大幅に短縮し、品質のバラつきを抑えることに成功しています。
栽培データだけでなく、作業時間や資材コスト、販売価格などの経営データを統合管理するクラウドサービスも普及しています。スマートフォンやタブレットで作業記録をつけるだけで、「どの畑で、誰が、何時間作業したか」が自動集計され、コスト構造が見える化されます。これにより、「実はこの作物は手間がかかる割に利益が出ていない」といった不採算部門の特定が可能になり、データに基づいた合理的な経営判断が行えるようになります。
データ活用が「頭脳」のサポートだとすれば、ロボット技術は「手足」のサポートといったイメージです。人手不足を物理的に解決する手段として、様々なロボットが開発・導入されています。

一つ目にあげられるのがドローンです。主に農薬散布や肥料散布、種まきなどで活用されています。 従来の農薬散布は、重いタンクを背負って広い畑を歩き回るか、無人ヘリコプターを使用する必要がありました。ドローンであれば、タブレット上の操作で、あらかじめ設定したルートを自律飛行し、短時間でムラなく散布することが可能です。また、カメラを搭載したドローンで空撮を行えば、作物の生育状況(NDVI:正規化植生指標など)を色分けしてマップ化し、「生育が悪い部分にだけピンポイントで追肥する」といった精密農業(プレシジョン・ファーミング)も実現できます。
※精密農業(プレシジョン・ファーミング)とは、全米研究協議会によると「情報を駆使して作物生産にかかわるデータを取得・解析し、要因間の関係性を科学的に解明しながら意思決定を支援する営農戦略体系」のこと(株式会社クボタ HPより引用)
GPS位置情報を利用した、自動走行農機も実用化が進んでいます。 オペレーターが乗車した状態で監視しながらハンドル操作を自動化するレベルから、無人のトラクターが畑を耕すことができる完全自動運転技術まで開発が進んでいます。これにより、熟練者でなければ難しかった「真っ直ぐに耕す」「均等に植える」といった作業が、誰でも高精度に行えるようになります。また、夜間の無人稼働が可能になれば、作業効率が飛躍的に向上することが期待されています。
果菜類や果樹の収穫は、傷つけないように優しく扱う必要があり、これまで機械化が最も難しい領域でした。 しかし、画像認識技術の向上により、AIがカメラの映像から「熟した実」だけを瞬時に判別し、ロボットアームが傷つけないように収穫する技術が開発されています。中には、夜間に自動でハウス内を巡回し、収穫適期の実を摘み取るロボットも登場しており、人が寝ている間に収穫が終わっているという未来も現実のものになりつつあります。
これらのテクノロジーは、単なる「楽をするための道具」ではなく、限られた人数で、より広い面積を管理し、より高品質な作物を安定的に生産するための、農業経営におけるブレイクスルーであると考えられます。
希望の光に見えるアグリテックですが、現場への普及にはまだ高いハードルが存在します。ここでは、主に「人材面」と「コスト面」の2つの観点から課題を整理します。
テクノロジーはあくまでツールであり、それを使いこなす人間が必要です。しかし、現在の農業現場には、「農業×IT」のスキル・ナレッジを持つ人材が圧倒的に不足しています。
前述の通り、農業従事者の多くは高齢者です。長年の経験と勘は超一流でも、スマートフォンやタブレットの操作、ましてやデータ分析ツールの扱いに不慣れなケースが多々あります。「便利なシステムを入れたが、使い方が分からず放置されている」「入力作業が面倒で、結局紙のノートに戻ってしまった」という失敗事例は少なくありません。 直感的に使えるUI/UX(ユーザーインターフェース/ユーザーエクスペリエンス)の設計が求められると同時に、導入をサポートする伴走型の人材が求められています。
さらに深刻なのが、「データを見てどうするか」を判断できる人材の不足です。 センサーが「土壌水分量が低い」と示した時、単に水をやればいいのか、それとも根腐れを防ぐためにあえて乾燥気味に管理すべきなのか、その判断には農業知識が必要です。 一方で、ITエンジニアは農業の現場を知らないことが多く、開発したシステムが現場のオペレーションに合わないというミスマッチも起こる可能性があります。 「農業の言葉」と「ITの言葉」の両方を理解し、現場の課題を技術でどう解決するかを翻訳・設計できる「アグリテック人材」の育成が必要と考えられます。
もう一つの大きな課題は、導入コストの高さと、それに見合う収益性の確保です。
自動走行トラクターや収穫ロボット、高度な環境制御システムは、数百万円から数千万円規模の投資が必要です。 日本の農業経営体の多くは小規模・家族経営であり、これだけの巨額投資を行える体力がある農家は限られています。補助金制度なども存在しますが、それでも自己負担分は重くのしかかります。
農業は工業製品とは異なり、自然相手の産業です。最新のシステムを導入しても、台風や冷害などの天候不順があれば、収量が激減するリスクがあります。「数千万円のロボットを入れたから、確実に売上が2倍になる」という計算が立ちにくいのが実情です。 また、露地栽培の野菜など、単価が比較的安い作物の場合、ロボット導入による人件費削減効果よりも、ロボットの導入・維持コストの方が高くついてしまうケースもあります。
導入後も、通信費やクラウド利用料、機器のメンテナンス費用がかかります。特に地方の農村部では、故障時にすぐに修理に来てくれるエンジニアが近くにおらず、ダウンタイムが長引くことで収穫のタイミングを逃してしまうリスクも懸念されています。
これらの課題を解決するためには、単なる機器販売ではなく、農機のシェアリングサービスや生産規模の拡大など、実態に基づいたビジネスモデルの構築が求められます。
課題はありますが、それでも農業のハイテク化は避けて通れない道です。最後に、海外の動向と日本の進むべき道について展望をご説明します。
アグリテックの先進事例として必ず名前が挙がるのがオランダです。 オランダの国土面積は日本や他のヨーロッパ諸国に比べ小さいですが、農産物輸出額はアメリカに次ぐ世界第2位を誇る農業大国です。 彼らの強みは、徹底したデータ駆動型農業であり、ガラスハウス内の環境をコンピュータで完全制御することで、トマトやパプリカなどを工業製品のように安定生産しています。また、「フードバレー」と呼ばれる産学官連携の拠点を中心に、研究開発とビジネスが一体となってイノベーションを起こし続けています。
世界の農業はすでに、「土地と労働力の勝負」から「技術と知恵の勝負」へとシフトしているのです。
日本においても、今後の農業は二極化が進むと考えられます。 一つは、小規模でも付加価値の高い作物を、匠の技とストーリー性で販売するブランド農業。 もう一つは、農地を集約し、テクノロジーをフル活用して生産性を極限まで高める大規模スマート農業です。
特に日本の食料供給を支えるためには、後者のモデル転換が不可欠です。 これからの農業は、広大な農地を少人数のスペシャリストと多数のロボットで管理する「製造業」に近い形へと進化していくと考えられます。そこでは、農業の知識だけでなく、データ分析力、経営管理能力、そしてテクノロジーを目利きする力が求められます。 課題はあるものの、日本には高いものづくりの技術と、きめ細やかな栽培ノウハウがあるため、これらをデジタル技術で融合させることができれば、日本発のアグリテックが世界の農業課題を解決する輸出産業になる可能性を秘めていると考えられます。
農業は今、かつての人に依存した産業構造から、最先端の産業への転換期にあります。 少子高齢化という日本最大の社会課題に対し、テクノロジーで立ち向かうアグリテックの領域は、今後より注目されるポテンシャルを持っています。
しかし、いざ成長している新たな市場・分野への参入にあたっては、複雑な業界構造や規制、現場のリアルな課題感など、把握すべき情報が多くあります。
読者の皆様におかれても、本記事をアグリテック産業参入の検討や新技術への投資、新規事業開発のきっかけとして捉えていただければ幸いです。
アーツアンドクラフツ株式会社では、様々な業界における市場調査、技術動向のリサーチ、そして具体的な事業戦略の立案から実行支援までを一貫してサポートしておりますので、ご相談がございましたら、ぜひお気軽にお問い合わせください。
【参考】
農林水産省「令和6年度 食料・農業・農村の動向」(2025)
農林水産省「令和5年度 食料・農業・農村の動向 令和6年度 食料・農業・農村施策」(2024)
農林水産省「農林水産省 スマート農業」
農林水産省「荒廃農地の現状と対策」(2025)
農林水産省「スマート農業技術カタログ耕種農業(全体版)」(2024)
クボタ「「精密農業」とは何か?」
Minorasu「AIを活用した「トマト収穫ロボット」とは?スマート農業の最新技術を解説」(2025)
SMART AGRI「「経験と勘」に頼らない安定的なトマトの生産を目指して――AIで作る高濃度トマト」(2019)
イノチオ「スマート農業が普及しない理由とは?課題と現状をプロが解説!」(2025)
農林水産省「スマート農業普及推進上の課題について」(2020)
農林水産省「2. 現地調査」(2020)
農林中金総合研究所「オランダの農業と就業構造」(2016)
アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/アナリスト