
近年、あらゆるモノがインターネットにつながるIoT機器の爆発的な増加に加え、第5世代移動通信システム(5G)の普及、そしてAIの飛躍的な進展により、デジタル社会のインフラ構造は大きな転換点を迎えています。
これまでのCloud集中型の処理モデルから脱却し、Cloud、Edge、IoTをシームレスに、かつ有機的に連携させる「Cloud-Edge-IoT連続体(以下、CEI)」の構築が、次世代の産業競争力を左右する重要テーマとして世界的に注目されています。
この背景には、データ量の増大に伴う通信帯域の逼迫や、Cloudデータセンターでの電力消費量の増大といった物理的な限界があります。これらを解決するために、全てのデータをCloudに送るのではなく、データの発生源に近いEdge側で処理を行い、必要な情報のみを連携させる分散型のアーキテクチャが求められています。
特に欧州においては、このCEI連携が政策レベルで強力に推進されています。その狙いは、単なる技術革新に留まらず、増大し続けるデータを効率的に処理しながら電力消費を抑制し、環境負荷の低減と経済合理性を両立させる持続可能なデジタル社会を実現することにあります。
センサデバイスの小型化・省電力化が進み、現場でリアルタイムに推論を行うEdge AIが実用段階に入ったことで、データ処理の重心は従来のCloud中心からEdge側へと急速にシフトしています。そのため、CloudとEdge、さらにIoTが緊密に連携するCEI技術は、今後ますますその重要性を増していくと考えられます。
この潮流は市場規模の予測にも明確に表れています。「デロイト トーマツ ミック経済研究所」の調査によれば、2024年度のEdge AIソリューション市場は15,100百万円と推計されており、その後も堅調な右肩上がりの成長が予測されています。2024年から2029年までの年平均成長率(CAGR)は18.1%という高い水準であり、この分野が極めて有望な投資領域であることを示唆しています。

この世界的な潮流は、日本にとっても看過できない、むしろ絶好の機会であると言えます。日本は長年、製造業の現場において高品質なものづくりを支えるロボット技術や、現場の改善力(現場力)を蓄積してきました。CEIの本質が「現場での高度な処理」にある以上、日本企業が持つこれらの強みを活かし、Edge処理を中心とした新たな付加価値を創出するポテンシャルは極めて高いと考えられます。
一方で、欧州はGDPR(EU一般データ保護規則)やデータ主権の概念に基づき、域内完結型(特定の法律が及ぶエリア内でデータ処理を完結させる)のモデル構築を進めています。また、エネルギー消費削減の観点からマイクロデータセンターの設置や再生可能エネルギーの活用も進展しており、技術とルール形成の両面で市場動向が加速しています。
本レポートでは、こうした背景を踏まえ、CEIエコシステムの構造、先行する欧州プロジェクトの実態、そして日本企業がとるべき戦略について詳述します。
CEIという概念がこれほどまでに関心を集めている最大の理由は、データ需要の爆発的な急増にあります。スマートシティ、自動運転、インダストリー4.0など、現代の先端サービスは膨大なデータを生成し続けます。これら全てをCloudに転送して処理することは、通信遅延やセキュリティ、そしてコストの観点から現実的ではなくなりつつあります。各国・産業界は、この課題への対応策としてCEIに着目しています。
しかし、理想的なCEIの実現には障壁も存在します。
現状では、Cloudベンダー、通信事業者、デバイスメーカーがそれぞれ独自の規格やプラットフォームを展開しているため、データの断片化が生じています。
また、EdgeとCloudを跨ぐ際のセキュリティポリシーの違いや、相互運用性を保証する標準化不足も深刻な課題です。
各社は、CloudとEdge、そして無数のIoT機器間の連携をいかに効率化し、統一されたシステムとして機能させるかを模索している段階にあります。
こうした課題に対し、欧州は「データ戦略」や「Gaia-X」などに代表される「データスペース戦略」を打ち出し、解決を図ろうとしています。これは、特定のプラットフォーマーに依存せず、企業間や組織間で安全にデータを共有・活用できる基盤を構築する構想です。
このデータスペースの概念がCEI技術と融合することで、単なる機器の接続を超えた価値が生まれつつあります。リアルタイム性を持つ社会全体のデジタルツイン(現実世界の環境をデジタル空間上にリアルタイムで再現する技術)の実現に向け、分散型AIやEdge AIの活用が促進され、現場の膨大なデータを即座にビジネス機会へと転換する道が開かれているのです。
次章では、このCEIエコシステムが具体的にどのような構造で成り立っているのかを解説します。
CEIエコシステムとは、Cloud・Edge・IoT機器を個別の要素としてではなく、一体的に制御・連携するアーキテクチャの総体を指します。

最上位には大規模な計算資源を持つCloudが存在し、インターネットを経由して、物理世界に近い場所に位置するEdge NodeやEdge Networkと繋がっています。この階層構造において、Edge Node同士も相互に連携し、CloudとEdgeが補完し合いながらデータを処理する仕組みです。
欧州におけるCEIの設計思想には、大きく二つの特徴があります。
第一に、データ主権の確保です。Edgeコンピューティングを活用することで、機微なデータやプライバシーに関わる情報を、EU域内や特定の組織内で処理し、域外への流出を防ぐ域内完結型の仕組みが求められています。
第二に、環境性能の追求です。データセンターへの過度な集中を避け、処理を分散させることでエネルギー効率を高め、カーボンフットプリントの削減を図る設計が必須とされています。
さらに現在では、「Gaia-X」のような連邦型データインフラを活用し、企業間で安全にデータを共有・連携するデータスペースの概念がCEIのアーキテクチャに統合されつつあります。
これにより、Edge側で一次処理したデータを、必要に応じて大規模Cloud上のデータスペースとシームレスに融合させることが可能になります。その結果、Edge AIによる現場での即時判断と、Cloud上の分散AIによる高度な全体解析を組み合わせたハイブリッドな活用が可能となります。
このような分散環境において最も重視されるのがセキュリティです。データがあらゆる場所に分散するため、従来の境界防御型セキュリティでは不十分となります。
そのため、分散環境全体での安全性確保やデータガバナンスの強化が重要視されており、例えば日本の「IPA」(独立行政法人情報処理推進機構)も、データ主権やセキュリティ標準化の推進を、日本企業がグローバル競争力を維持するための必須策として挙げています。
このように、CEIエコシステムは技術的な接続性だけでなく、法規制、環境、セキュリティといった社会的要件を包含した巨大なシステムとして進化しています。
欧州委員会が主導する研究枠組みプログラム「Horizon Europe」では、前述したCEIの課題を克服し、エコシステムを確立するために多種多様なプロジェクトが立ち上がっています。
これらのプロジェクトは単独で存在するのではなく、相互に連携しながら欧州全体のデジタル戦略を支えています。以下に、主要なプロジェクトの目的と活動内容、そしてその意義について詳述します。
上記以外にも、「COP-PILOT」や「CEI-Sphere」、「Open Continuum」といった多数のプロジェクトが並行して活動し、CEIエコシステムの裾野を支えています。これらは単独で機能するのではなく、相互に連携することでCEIの技術ロードマップをより強固なものにしています。例えば、オープンソース戦略の推進や、異なるプラットフォーム間での相互運用性の確保、さらにはスタートアップ企業の参入支援など、技術と市場をつなぐための多角的なアプローチが行われています。欧州委員会が主導する「Horizon Europe」の枠組みの中で、これらのプロジェクトが有機的に結合することで、データの断片化を防ぎ、欧州全体として統一された強力なデジタルインフラを構築する原動力となっているのです。
前章で見たような技術開発は、実際のビジネス現場にどのような変革をもたらすのでしょうか。CEIの導入は、製造、モビリティ、エネルギー、医療など、幅広い産業分野に大きなインパクトを与えます。
製造業では、Edge AIによるリアルタイム品質検査や稼働監視が可能となります。従来のCloud処理では遅延が発生し、ラインを止める判断が遅れる可能性がありましたが、CEIにより瞬時の判断が可能となり、柔軟な生産体制や予知保全による効率向上・コスト削減が期待されます。実際にEUの場合、CEI技術を活用し、サプライチェーンのデータ連携基盤(例:「Gaia-X」上のCatena-X自動車ネットワーク)を通じた製造業のデータ流通・トレーサビリティ向上を強力に推進しています。これにより、部品ごとのカーボンフットプリントの追跡や、品質問題発生時の迅速な特定が可能となっています。
モビリティ分野では、車載IoTと路側センサのEdge処理を組み合わせることで、高速道路での自動運転支援や交通制御の高度化が進みます。車両単体のセンサだけでなく、インフラ側からの情報を統合処理することで、死角にある危険の検知や、渋滞解消のための信号制御などがリアルタイムに行われるようになります。
エネルギー分野では、スマートグリッドの電力需要制御や再生可能エネルギーの出力予測にCEIが活用されます。天候によって出力が変動する再生可能エネルギーを効率的に利用するためには、地域ごとの細かい需要予測と供給制御が必要であり、これを分散型のEdge処理で行うことで、電力網全体の安定化と脱炭素化を支えることが可能になります。
さらに、遠隔手術支援などが期待される医療分野、農作物の生育監視を行うスマート農業、都市全体の最適化を図るスマートシティなど、データをリアルタイムで処理・分析することが求められる全業界で、CEIは新たなサービス創出と市場拡大を促進するビジネス機会となり得ます。
次章では、こうしたビジネス機会に対し、日本企業がどのように関わり、どのような戦略を持つべきかを考察します。
日本企業にとって、CEIの進展は技術主導力を発揮し、新市場を開拓する絶好の好機です。IPAも指摘するように、日本政府によるデジタル庁の設立やスーパーシティ構想などの政策支援は、Cloud・Edge・IoT分野での日本企業のリーダーシップ確立にとって重要な後押しとなります。
加えて、国内ではLPWAネットワークやローカル5Gを活用し、建設現場や農業、医療などでEdgeコンピューティング基盤を整備する動きが広がっています。これにより、各業界の現場ニーズに最適化した、セキュアでリアルタイムなサービス提供が可能になりつつあります。
実際に、日本企業や大学機関は既に欧州のCEIプロジェクトへ積極的に参画し、重要な役割を果たしています。「Horizon Europe」における海外企業の受入方針においても、専門知識や施設が不可欠である場合や、国際協力戦略の一環として参加が推奨されている場合には、日本企業の参画や資金提供を受けることが可能となっています。

具体的な参画事例は、日本企業の技術力に対する欧州からの期待の表れであるとも言えます。
これらの事例は希望を示すものですが、同時に日本産業界が抱える構造的な弱点を直視する必要があります。
日本の製造業は、長年にわたり企業ごと、あるいは系列ごとの垂直統合モデル(タテ割り構造)で高度に最適化されてきました。しかし、デジタル変革が求められる現代において、この閉じた高品質はデータのサイロ化という足枷になっています。企業や業界を跨いだデータ連携が進まず、せっかくの現場データが社会全体の価値創出に繋がっていないのが現状です。
ここでこそ、CEIエコシステムが重要な意味を持ちます。 CEIが目指す分散型アーキテクチャは、全てのデータを巨大なCloudに吸い上げる中央集権型ではありません。各現場の自律性を保ちながら、必要なデータだけを安全に連携させる連邦型のモデルです。
これは、現場の主権を守りたいという日本企業のメンタリティと非常に親和性が高い仕組みと言えます。CEIのスキームを活用することで、日本企業は自社の強みである現場のIPを流出させることなく、企業間の壁を越えたデータ連携を実現できる可能性があります。
この観点から、日本企業がとるべき戦略は以下の3点に集約されます。
CEIエコシステムは、単なる技術トレンドではなく、日本の産業構造をアップデートするための強力な触媒です。これまで見てきたように、Cloud・Edge・IoTの融合は、欧州においては環境負荷低減やデータ主権の確立という文脈で語られてきました。しかし、日本においては、現場力は高いが、横の連携が弱いという長年の課題を解決する切り札となり得ます。
CEIの本質である、分散していながら繋がっているという特性は、日本の産業界が目指すべき姿そのものです。
日本企業が「Horizon Europe」などの国際プロジェクトに参加し、「O-CEI」や「Nexus Forum」で存在感を示している事実は、日本の技術がこの新しいエコシステムの中で不可欠なピースであることを証明しています。
今求められているのは、単なる技術検証ではありません。現場のデータを現場で守り、価値ある情報だけを社会全体で共有するというCEIの思想を実装し、現場重視の分散型社会という日本独自の勝ち筋を確立することです。政府によるインフラ支援と、民間企業の現場技術がCEIという基盤上で噛み合ったとき、日本はデジタル敗戦論を払拭し、持続可能なデジタル社会のリーダーとして、日本ならではの強みを生かした未来を切り拓くことができるでしょう。
【参考】
アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/アナリスト