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市場環境の分析の進め方|電力市場の事例

企業が新規事業を立ち上げたり、既存事業を拡大したりする際、まずは市場環境を正確に整理することが成功への第一歩となります。本稿では、電力市場の分析事例を通して、どのような観点から市場環境を整理・評価すべきか、そのプロセスや考察について具体例を交えて解説します。

1. 市場環境整理の必要性

新規事業や事業拡大においては、市場環境を正確に把握することが、参入やその後の市場での成功につながります。市場規模、成長性、競合環境、法制度、技術トレンドなどのマクロ要因に加え、業界内の各セグメントやステークホルダーの役割、価値の流れなどの情報が事業戦略の策定には不可欠です。

たとえば、本稿で取り上げる電力市場では、さまざまな市場構造の変化が進んでいます。従来は発電所(火力・原子力・水力など)が電力供給の主体でしたが、電力自由化や再生可能エネルギーの普及に伴い、市場構造や参入方法が大きく変化してきました。デマンドレスポンス(後述)やバッテリー蓄電などにより、従来は買い手(需要家)であったプレーヤーが売り手になる仕組みが整いつつあり、市場環境を整理することで新たなビジネスチャンスが生まれています。

2. 市場環境の整理方法 ― 電力市場の事例から学ぶ

2.1 市場の定義とセグメントの把握

まずは、市場全体の定義と存在するセグメントを明確にする必要があります。電力市場の場合、国や地域によって市場構造は異なりますが、大まかに以下のセグメントに分けられます。

  • 卸電力市場:発電所が生み出した電力を時間単位で取引する市場です。たとえば、日本ではJEPX、米国では各地域のISO/RTOが運営しています。
  • 容量市場:将来の供給力(発電能力や調整力)をあらかじめオークション形式で調達する市場です。電力需給の逼迫を防ぐために導入されています。
  • 調整市場(需給調整市場/補助サービス市場):電力の需要と供給のバランスをリアルタイムに調整するための市場です。周波数調整や予備力として、調整力が取引されます。

ここで重要なのは、電力市場では「生み出した電力」だけでなく、「調整力」も取引対象となっている点です。需給バランスの調整を提供することで対価を得る仕組みが整備され、デマンドレスポンスなど新たな参入機会が生まれています。

また、電力市場のステークホルダーとしては、発電事業者、小売電気事業者、送配電事業者、需要家、そして需要家の負荷をまとめるアグリゲーターなどが挙げられます。これらのプレーヤーがどのように相互作用するかを整理することで、全体像の把握が容易になります。

2.2 初期的な仮説と評価項目の整理

市場環境の評価を進めるためには、まず初期的な仮説を立て、評価項目を整理します。市場ごとに評価項目は異なりますが、たとえば電力市場においては以下が考えられます。

  • 市場規模:国・地域ごとの年間取引電力量、容量の規模、及びその成長性
  • 取引される価値の種類:電力量(kWh価値)、容量(kW価値)、調整力(ΔkW価値)など
  • 取引のタイミング:たとえば、数年前に取引される容量市場や、供給直前に取引される調整力市場など、市場ごとにタイミングが異なります
  • 取引される商品:火力、風力、水力発電などのエネルギーバランスの違い、さらにデマンドレスポンスやバッテリーなどの商品の投入状況
  • 価格のボラティリティ:電力市場での価格変動の大きさは、需要側が調整力の価値をどれだけ享受できるかに直結します

これらの評価項目をもとに、各市場の現状と参入機会を整理します。

2.3 有望な市場の仮説立案

次に、有望な市場を特定するための仮説を立てます。世界各国の市場を全て把握するのは困難なため、優先順位をつけて調査を進めます。一般的には、国や地域の市場レポートから市場規模(金額や取引量)を把握するほか、新規市場の場合はベンチャーの投資額や政府の支援状況なども考慮します。

電力市場の場合、経済規模が大きい米国、日本、EU(特にフランス、ドイツ、英国など)、中国などを優先的に検討し、その中から新規参入が現実的な市場をさらに絞り込み、初期調査を進めます。本稿では、例として米国、英国、日本に焦点を当てて検討します。

3. 分析の事例 各国の電力市場環境

3.1 市場で取引される価値とその流れの整理

3.1.1 各プレーヤーが取引する価値の定義

市場のフローを整理した上で、各プレーヤーがどのような「価値」をやり取りしているのかを明確に定義します。電力市場では、以下の価値が取引されています。

  • kWh価値(電力量価値):実際の発電量そのものの価値。発電所が生み出す電力量に基づく取引で、電力量単価(例:1kWh=31円など)が設定される
  • kW価値(容量価値):将来的に発電する容量を確保する価値。ピーク時などに発電ができる容量を確保しておく価値が取引される
  • ΔkW価値(調整力価値):ゲートクローズ後の需要と供給の変動に対応するための調整力の価値。需給バランスの変動に対し、調整力が周波数調整などを担う

3.1.2 取引タイミング

取引がいつ行われるかというタイミングも重要な評価項目です。電力市場では、各市場(卸売市場、容量市場、調整市場)において「ゲートクローズ時間」が設定され、国ごとに異なるため、取引される価値に影響を及ぼします。

  • ゲートクローズ直前の市場
    ゲートクローズ後の調整力の役割が小さくなり、kWh価値(供給力価値)の価格が高く、kW価値(容量価値)やΔkW価値(調整力価値)の価格は相対的に低くなる傾向があります。
  • ゲートクローズが実需給まで時間がある市場
    ゲートクローズ後の変動に対応するため調整力役割が大きくなります。したがってkW価値(容量価値)やΔkW価値(調整力価値)の価格が高くなり、kWh価値が比較的小さくなる傾向があります

3.1.3 商品の特性

また、取引される商品の種類は国や地域によって異なります。従来の火力、風力、水力発電に加え、近年ではデマンドレスポンスやバッテリーなどの新規商材が市場に投入されています。

参考)デマンドレスポンスとは?

デマンドレスポンス(Demand Response)とは、需要側が電力使用量を柔軟に調整することで全体の需給バランスを安定させる仕組みです。たとえば、企業や家庭がピーク時にエアコンの設定温度を変更したり、一部設備を停止することで電力消費を抑え、その結果生み出されたΔkW価値(調整力)を市場で取引して対価を得る仕組みです。

調整力とデマンドレスポンスの関係

3.1.4 取引価格の推移とボラティリティ

市場での取引価格の推移を把握することは、参入機会の判断に非常に重要です。特にボラティリティの高い市場では、調整力の取引によって利益を得る機会が多くなります。

たとえば、米国の一部市場では需要急増時に価格が急騰するなど、ボラティリティが激しいく、デマンドレスポンスを活用して収益を上げる手段として注目されています。過去の取引価格の推移データをもとに、収益機会を比較することが可能です。

3.2 過去から未来への市場環境の変化と参入機会の見極め

3.2.1 法制度や規制の変化

市場環境は時代とともに変動し、法制度や規制の変更が大きな影響を与えます。電力市場においては、電力自由化の進展、再生可能エネルギー促進策、補助金制度などが市場構造や取引ルールに直接影響を及ぼしています。たとえば、米国ではFERCの規制緩和によりデマンドレスポンスなどの仕組みが整備され、日本でも近年、制度改革が進み新たな市場機会が模索されています。

3.2.2 補助金・支援制度の活用

新規事業参入を後押しする要因として、政府や自治体の補助金・支援制度も重要です。特にエネルギー分野では、環境対策やカーボンニュートラル推進の一環として、デマンドレスポンスやバッテリーシステムへの補助金が各国で拡充されています。こうした支援策により、初期投資の負担が軽減され、新たな市場に参入しやすくなります。

3.3. 各評価項目を横並びにして市場を評価

前述の評価項目をもとに、各電力市場の特徴とそこにおける新規参入機会について、横並びで比較することで新規市場参入を成功させるための有効なアプローチを選定していくことができます。

各国の電力市場評価

4. 結論 ― 市場環境の整理から見える未来のビジネスチャンス

市場環境の分析は、単なるデータの整理だけでなく、各国の制度、取引の流れ、評価項目を総合的に理解するプロセスです。本稿で取り上げた電力市場の分析事例では、以下のポイントの検討を行った事例を取り上げました。

  1. 市場の定義とフローの整理:
    各市場セグメント、ステークホルダー、及び取引される価値の流れを明確にすることで、どの部分に新たな機会が潜んでいるかを把握できる
  2. 評価項目の設定:
    市場規模、取引タイミング、価格ボラティリティ、参入条件など、複数の評価項目を初期仮説として整理し、各国市場の現状を比較することが必要
  3. 新規商材の参入機会の有無:
    電力市場では、従来の発電量取引だけでなく、調整力の取引が重要な価値となっており、デマンドレスポンスなどの新規商材が市場に投入されている。制度改革や政府の補助金制度なども、新規参入の後押しとなり得る要素となる
  4. 市場環境の変化:
    過去から現在にかけてのデータと制度変化を踏まえ、将来的にどの市場が成熟し、どのタイミングで参入機会が拡大するかを見極めることが、長期的な戦略策定において不可欠

以上のプロセスを通じて、企業はグローバルな視点で市場環境を評価し、最も有望な参入市場を見出すことになります。電力市場においては、デマンドリスポンスなど新たな参入機会も増えており、この傾向は再生可能エネルギーの普及やカーボンニュートラル推進に伴い、今後も顕著になると推察されます。

市場環境を体系的に整理することで、単なる市場規模の大きさだけでなく、各プレーヤーがどのような価値をやり取りしているか、どのタイミングで取引が行われるか、そして将来的な法制度や補助金の動向まで、参入戦略に必要な全体像が浮かび上がってきます。これにより、企業は確実なデータに基づいた意思決定を下し、限られたリソースの中で新規事業の成功や既存事業の成長を実現することができるのです。

5. 最後に ― 横並びで評価し、戦略の具体化へ

ここまで、電力市場の事例を通じた市場環境分析の進め方について、解説してまいりました。これらの市場分析結果をもとに、企業は最も有望な参入機会を具体的な事業戦略に落とし込んでいくことになります。自社のリソースやケイパビリティと照らし合わせた上で、どの市場に最も適した戦略を展開するかを検討していきます。

本稿では大まかな流れを解説しましたが、実際に市場を分析し、戦略に落とし込むのはノウハウが必要です。コンサルタントは様々な市場について分析を経験しており、市場分析と戦略立案を伴走しながらご支援させて頂くことができます。新規事業や既存事業を拡大する際は、ぜひ弊社までお声がけください。

 

【参考】

木嶋 洋貴

アーツアンドクラフツConsulting & Solution事業部/コンサルタント